97話 リッケの行方
釣り場に向かいながら、俺はリッケを捜していた。名前を呼びつつ、スキルで周囲を探っているんだが……。
「うーん。どこにもいないよな」
「キュ」
「クマ」
俺の言葉に頷いたのは、リックとクママだ。俺は気配察知、リックは警戒、クママは嗅覚という、人捜しに使えるスキルを持っている。だが、誰のスキルにもリッケの存在は引っかかっていなかった。
寄ってくるのはモンスターばかりだ。この辺はラビットしか出ないので、さくっと倒せるはずだったんだけどね……。
「プチ・デビルと黒ラビットがめっちゃ増えてるな!」
「ムム!」
「サンキューオルト!」
「ム!」
黒ラビットの突進から俺を庇ってくれたオルトは、振り向かずにサムズアップで俺の声に応えてくれる。やだ、漢らしい!
昨日はこの辺でプチ・デビルは出なかったはずなんだよな。黒ラビットは分からないけど。でも、昨日は1回しか遭遇しなかった黒ラビットに、今日はもう3回もエンカウントしている。
「リッケが本当に村の外に出てたら、相当危険なんじゃないか?」
「キュ~」
「クママ!」
「そうだな、早く捜した方がいいよな」
リックとクママが急かすように俺を手招きしている。リッケとは釣りをした仲だからね。うちの子たちも心配しているんだろう。
そのままラビットたちを蹴散らしながら、釣り場まで進んだんだが、そこにリッケの姿はなかった。だが、全くの空振りでもない。
「――!」
「サクラどうした?」
サクラが何かを拾い上げている。それは、赤い色をした小さな魚型の模型だった。これはルアーか? どっかで見た気がするが……。そうだ、リッケが持っていたルアーだ! やはりリッケはここに来たのか!
「皆、この辺を捜せ!」
他に手掛かりがないか手分けして釣り場を探索すると、オルトが岩の間から何かを拾い上げた。
「ム!」
「お、何か見つけたか?」
「ムー」
オルトが発見したのは女物の髪飾りだ。ただ、これはリッケの持ち物じゃないよな? まあ一応インベントリに仕舞っておこう。
「キュ!」
「リックもか!」
リックが引きずってきたのは何やら小汚い布の小袋だ。中を開いてみると、ハーブの種が入っている。
「これもリッケの手がかりにはなりそうもないか」
だが、それ以上は何も出てこなかった。さて、この後どうするか。
「普通に考えたら、熊に関することで何かあるんだろうな」
イベントに関連ありそうな巨熊に、その熊の話を何故か秘密にしていたリッケ。そして、姿を消したリッケは、この釣り場に戻ってきたことがほぼ確実だ。
「ということは、熊が目撃された上流に向かった可能性が高いんだよな」
うーん、どうしよう。熊に出会ったら即全滅だ。いや、熊じゃなくても、普通に強いMOBに遭遇するだけで死に戻るだろう。
でも、リッケの失踪は確実にイベントに関係あると思うんだよな……。
「仕方ない、行くか。できるだけ戦闘は避けて、リッケの居場所だけでも突き止めておこう。最悪、死に戻っても他の人に迎えに行ってもらえるしな」
ということで、俺たちはさらに上流を目指すことにした。川沿いの岩棚を皆で登って行く。これが結構疲れるんだ。岩をよじ登る感じだからね。
たまにある巨大な岩を登るのが特に大変だ。リックは身軽に駆け上がるので問題ない。他のメンバーはオルトが作ってくれる土魔術の取っ手を頼りに、岩を登るのだが……。オルトは案外身軽でスイスイと行くね。サクラもだ。クママは敏捷は低いが登攀スキルがあるのでなんとかなっている。
問題は俺である。敏捷が低めなので、どうしてもね。サクラの鞭を命綱のように巻いてもらい、先に上がったオルトとクママの補助を借りて、何とか登れている。最終的にはオルトとサクラ、クママに引っ張り上げてもらうことで、何とか大岩をよじ登ることができた。
リック? リックはかけ声係だ。オルトの頭の上にいるリックの鳴き声に合わせて、オルトたちが俺を引っ張るのだ。
「キュッキュ、キュッキュ!」
「ムッム、ムッム!」
「クックマ、クックマ!」
「――! ――!」
皆の助けを借りながらなんとか上流に進んでいくと、出現するモンスターに変化が表れ始めた。ラビットだけではなくリトルベアや、アタックボアが出没するようになり、時おり黒い靄に包まれた強力な個体も襲ってくるようになっている。
なんとか戦いつつ、時おり逃げながら俺たちは進み続けた。すると、開けた場所に出る。そこだけ岩がなく、小石が敷き詰められた広場のようになっていた。
しかも、その広場の端には見逃すことができないある物がある。そこには、見紛うことなき洞窟が口を開けていたのだ。
「おおー! 初めて本格的な洞窟を見たな!」
苔とか岩の感じが凄いリアルで、これぞファンタジーっていう感じだよな! 冒険の匂いがしてまいりました!
でも、入って平気か? 強力なモンスターとか、罠とか、危険がわんさかあるのではないだろうか? そう考えると、いきなり突っ込んでいいものか……。
「クマー」
「お? これ、どうしたんだ?」
考え込んでいた俺のもとに、クママが近寄ってきた。そして、何かを手渡してくる。竹で編んだ籠か? いや、よく見るとそれは釣りで使う魚籠だった。リッケが腰に下げていた奴にそっくりだ。
「どこにあった?」
「クマ!」
俺が尋ねると、クママが洞窟の入り口の岩の間を指差した。そこに挟まっていたらしい。
「洞窟の入り口の脇か……。リッケはこの洞窟に来たのか?」
恐る恐る洞窟をのぞき込んでみると、その入り口に何か白い物が落ちているのが見えた。
「あれ、これは何だ?」
拾ってみるとハンカチだ。花柄の刺繍がしてあり、どう見ても女性物だ。
「――!」
「お、どうしたサクラ?」
「――!」
ハンカチを眺めていたら、今度はサクラが俺を呼びに来た。俺の手を引いて、何かを訴えかけている。どうやらサクラも何かを発見したらしい。
後についていってみると、サクラが広場の端にある木の上を指差した。木の上に茶色い何かが引っかかっているな。多分、麦わら帽子だろう。
「リック、取ってこれるか?」
「キュ!」
俺の言葉にリックがピシッと敬礼して、木に登っていった。麦わら帽子まですぐに到達し、取って戻ってくる。
「リッケのか? いや、リッケの麦わら帽子はもっとつばが大きかったか」
これは少し幅が小さいタイプだ。そういえば、リッケと一緒に子供が2人いなくなったって言ってたよな? もしかしてその子供たちの所持品だろうか?
「この洞窟に入っていったのは確かだろうな。仕方ない、入ってみるか。みんな――」
「グルオオオオォォオ!」
「うお! え? あれって噂の熊か?」
皆を集めて洞窟に入ろうとしていたら、遠くから低くて重い咆哮が聞こえてくる。そっちを見ると、巨大な黒い影がこちらに向かってくるのが見えた。
熊だ。それも、クママやリトルベアのような可愛げのある姿ではない。怒りにゆがんだ瞳に、剥き出しの歯茎。口からは盛大に涎がまき散らされ、その狂暴さが遠目からでも理解できた。そんな恐ろし気な形相をした巨大な熊が、全力で向かってくるのだ。
「に、逃げるぞ!」
俺たちは広場から全速力で逃げ出したのだった。
「ガオオオオォォ!」
「ぎゃー! 追ってきてるー!」
「ムー!」
「キュ!」
「クマー!」
「――!」




