92話 釣り
黒い靄を纏った謎のラビットを倒した後は特に敵に遭遇することもなく、俺たちは目的地に到着できていた。
「あそこが釣り場だよ!」
「村から近いな」
「当たり前だよ! 奥に行ったら危ないじゃないか。この辺なら危険なモンスターは出ないからね」
漁師見習いの少年、リッケに連れてこられたのは、村から15分ほどの場所にある川だった。川の両側には河原ではなく、岩棚が広がり、渓流に近い雰囲気だ。
ここまでの道中ではラビットしか出現しなかったし、リッケの言う通り危険が少ないんだろう。
「もっと上流に行けば珍しい魚が釣れるんだけど、父ちゃんくらい強くなきゃモンスターにやられるだけだからな」
「上流に行くと美味しい魚が手に入るのか?」
「うん。おいらも、いつか上流で釣りをしたいんだ!」
とは言え、俺たちも戦闘力には自信が無いからね。リッケの護衛をしながら上流に向かうなんて、とてもできない。
まあ、今日はここでゆっくり釣りをしよう。
「じゃあ、今日はおいらの釣り竿を貸してやるから。使っていいぞ」
「おお、サンキュー」
「エサはこれだ」
リッケが袋を手渡してくれる。中には微かに生臭い臭いのする、茶色い泥団子の様な物体が沢山入っていた。
「練り餌か」
「おう。父ちゃん特製の練り餌だぞ」
名称:ラッケの練り餌
レア度:2 品質:★7
効果:川魚の食いつきを良くする
リッケは早速釣り針に餌を仕掛け、渓流へと糸を垂らした。少年、小麦色の肌、麦わら帽子、腰に下げた魚籠に釣り竿と来たら、完全に釣りキチにしか見えんな。すっごい大物を釣り上げそうだ。そのうち川のヌシとかと対決するんだろう。
「じゃあ、俺もっと」
まずは釣り竿を装備してみた。
「やっぱ、釣りスキルがあると装備できるんだな」
釣りスキルを入手する前に装備しようと試みたところ、装備不可能の表示だったのだ。だが、ついさっきボーナスポイントを2支払って、釣りスキルを取得したら、装備が可能となっている。
「ここに練り餌を付けて……。うん、準備完了だな」
俺はリッケを真似して、岩に腰かけると釣り糸を川に垂れてみた。
「さーて、どんな魚が釣れるかな~」
「ムム?」
「――?」
そんな俺をオルトとサクラが不思議そうに見ている。どうも、釣り自体が良く分かっていないらしい。
「これは釣りって言うんだ。ほら、竿の先に糸がついてるだろ?」
「ム」
「あの糸の先に針とエサが付いてて、エサに釣られて寄って来た魚を、針で捕まえて釣り上げるんだ」
「――♪」
俺の説明でどんなものか何となくは分かったんだろう。2人は俺の両隣に座ると、ジッと釣り糸の先を見つめ始めた。
リックとクママは、周囲の警戒をしつつ、追いかけっこをして遊んでいる。この辺はラビットくらいしか出ないし、リック達だけでも大丈夫だろう。
「……」
「…………」
「………………」
そのまま20分ほど経過したが、アタリは来ない。うーん、簡単に釣れるとは思ってなかったが、やはり釣りは根気が必要だな。
「ムー」
「――♪」
「君たち、飽きないの?」
オルト達は未だに釣り糸の先を見つめている。ただ見てるだけで飽きないのか?
「ム?」
「――?」
俺の問いに一瞬だけ小首を傾げ、また釣り糸を凝視する作業に戻った。まあ、飽きないならいいんだけどさ。
「やった! 来た!」
そうこうしていると、リッケが勢いよく竿を引き上げた。釣り糸の先を目で追うと、黒い魚が食いついている。
「へへ、1匹目~!」
名称:ビギニマス
レア度:1 品質:★6
効果:素材・食用可能
「ビギニマスね。美味そうだな」
「ああ。刺身でも、煮つけでも美味しいぞ!」
「え? 刺身で食べられるの?」
「当たり前だろ」
リアルでは寄生虫がいる恐れがあるため、川魚は生食ができない。たまに生で食べさせる店などもあるが、特別な生育方法で育てたり、特殊な調理をしているから可能な話なのだ。
それが、ゲームの中では生で食べても平気らしい。まあ、寄生虫なんていう部分までリアルに再現する意味がないってことなのかもしれないが。
ただ、実際に釣れるのを見たら、気合が入った。俺も絶対に釣ってやるぞ!
だが、それから30分。俺には一切アタリが来なかった。ときおり揺れたように思うんだが、気のせいだったり、エサだけ取られたりしているのだ。
「へっへー! また来た!」
リッケはすでに3匹目を釣り上げている。スキルレベルに差があるとは分かっているが、それでも悔しい!
「兄ちゃん、まだ釣れないのかよ」
「くっそー! 見てろよ。でっかい奴を釣り上げてやるからな!」
さらに集中して釣り竿を持った手に全神経を集中させる。そして、遂にその時が来た。ピクンという振動を感じたと思った瞬間、釣り竿を一気に引き上げると――。
「ムムム!」
「――♪」
「よっしゃ!」
釣り糸の先には、小振りな魚がかかっていた。うん、すっごい小さい。リッケが釣ったビギニマスよりも二回りは小さいだろう。
名称:ビギニウグイ
レア度:1 品質:★6
効果:素材・食用可能
「あー、ビギニウグイか~」
「あまり良い魚じゃないか?」
「ううん。美味しいよ。でも、ビギニマスよりも安いし、味もビギニマスの方が上なんだ」
雑魚とまでは行かなくても、マスに比べると値段が落ちるらしい。でも良いもんね。初めて釣った魚だし、あとでちゃんと食べるんだ。
「次はビギニマスを釣ってやるさ!」
「うん。頑張ってくれ」
今釣り上げたことで、釣りのレベルが一気に2つも上がったし、次はもうちょっとマシだと思うんだよな。やはり、魚を釣り上げるということが経験値が大きいんだろう。
それともう1つはっきりしたことは、ここは初心者用の釣り場じゃないってことだ。そもそもこの短時間で、1匹釣り上げただけでレベルが2つも上昇するとか普通じゃ考えられんし。
多分、中級者が来るような釣り場なのだ。だから難易度が高いが、1匹釣り上げただけで経験値が多くもらえたんだろう。
そのまましばらく釣りを続け、俺はビギニウグイを2匹、ビギニマスを1匹釣り上げていた。大漁とは言い難いかもしれんが、初めて釣りをしたにしては上々ではないだろうか? 釣りスキルのレベルも4まで上がったしね。
そうやって釣りをしていると、不意にどこからか叫び声らしき物が聞こえた気がした。
「リッケ、今何か聞こえなかったか?」
「うん。人の声がしたね」
釣りの手を止めて、周囲を警戒していると、川の上流の方から、複数の人影が駆け下りてくるのが見えた。岩の上を飛んだり跳ねたりしながら、かなりの速度で向かってくる。
「うおおおぉぉぉぉ!」
「走れ走れ走れ!」
「まだ追って来てるか?」
「知らない!」
プレイヤーだな。4人が必死の形相で、ときおり後ろを気にする素振りをしながら走ってくる。何かから追われているのか? ただ、彼ら以外の気配は感じられない。
「あそこに誰かいる!」
「え? おーい!」
「逃げろー!」
そう声をかけてくるが、多分もう追われていないことに気づいていないんだろう。
「おーい! どうしたんだー!」
「やばいモンスターに追われてるんだ!」
やっぱりそうなのか。装備が結構しっかりしているパーティが逃げ帰ってくるレベルの敵とか、俺だったら瞬殺されるだろうな。ただ、ここはラビットしか出現しない、森の浅層だ。リックも特に警告はしてこないし、多分そのモンスターはもう振り切っているのだろう。
「特に追って来てるようなモンスターは見えないぞー!」
「なに?」
「え、逃げ切った?」
「そう言えば……」
プレイヤーたちが、俺の言葉を耳にして、走る速度を緩める。そして、後ろを振り返って、安堵の表情を浮かべた。
全員、その場でへたり込んでしまう。一体何があったんだろうか?
「大丈夫か?」
「ああ、声をかけてもらって助かったよ。もう限界だったし」
「本当にありがとう」
「いや、それよりも、何があったんだ?」
俺が尋ねると、彼らは自分たちが何から逃げていたのか、口々に語り出すのであった。




