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89話 豆の利用法


 アバルさんの牧場で念願のチーズを手に入れた俺は、意気揚々と次の目的地に向かって歩いていた。目指すは最も近い、豆農家のクヌートさんちだ。


 豆農家と言うと、豆しか置いてないんだろうな。普通のプレイヤーならスルーしてしまうかもしれないが、俺はかなり期待している。


 豆と言えば、始まりの町で見た焼豆だ。リックの好物だと思われる。あの豆を自分で作れるようになったら? リックが喜ぶだろう。


 もし種が買えないのであれば、仕方ないので豆を買えるだけ買っておくつもりだ。


 10分ほど歩くと、一軒の農家が見えてくる。裏庭を見ると、確かに蔓の生えた植物が植えられている。あれが豆かな?


 外見は本当に普通の民家だ。ここで豆が買えるなんて誰も思わないだろう。


「すいませーん。どなたかいらっしゃいますかー?」

「はーい」


 農家の扉をノックすると、すぐに反応があった。中から出てきたのは小柄な女性だ。20歳くらいだろうか。このお姉さんがクヌートさんなのだろう。


 俺の姿を訝しげに見ている。


「あら? 旅人さん? いったいうちに何の用ですか?」

「こちらで豆を栽培していると聞いてきたんですが。少し分けていただきたいんです」

「まあ、誰に聞いたんです?」


 クヌートさんは少し困り顔である。どうやら、あまり歓迎されていないらしい。アバルさんちでチーズを買うときにも聞いたが、基本は村で消費される分しか生産していないようだし、急に売ってくれと言われても困るのかもしれない。


「カイエンお爺さんです。いま、お家でお世話になってまして」

「カイエンさんの紹介じゃ、無下にもできないわねー」


 もしかしてただ訪ねてくるだけじゃ、追い返されてた可能性があるのか? ありがとうカイエンお爺さん。でも、まだ渋い顔をしている。


「ほら、お前らからもお願いしろ」


 ちょっと卑怯だが、俺は従魔たちの持つ最大の力を活かすことにした。力、それすなわち可愛さなり!


 くくく、あの気難しそうな雑貨屋のおばあさんさえオトした、うちの従魔たちのあざと可愛い上目遣いを食らうがいい!


「ム?」

「――?」

「キュ?」

「クマ?」


 お願いするように、そっと彼女の足に手を添えるうちの子たちの姿に、クヌートさんは完全に撃沈したな。


「か、かわいい……! やだ、何この子たち!」


 皆の頭を順番に撫でて、至福の表情である。今にも抱き付きそうな笑顔だ。


「はっ! ……ごほん」


 だが、俺の視線に気づいたんだろう。ちょっと気まずそうに咳ばらいをすると、居住まいを正した。


「そ、それで、何が欲しいんですか?」


 よし、一応売ってはくれるらしい。


「ソイ豆? それとも味噌か醤油かしら?」


 何? 今、聞き捨てならない言葉があったぞ。


「味噌と醤油が売ってるんですか?」

「それはそうですよ。豆農家ですから」


 そうか、お爺さんの家にあった味噌と醤油はここで買ってたのか。それにしても、育てた豆を自分の家で調味料に変えるところまでやってるんだな。


「欲しいのは、豆、味噌、醤油、あと豆の種があれば欲しいんですけど」

「うーん、種は余ってないですね。他の物なら少し分けてあげますよ」


 やはり種は無理だったか。でも、味噌などが手に入るのは素直に嬉しい。ついでだから聞いちゃおうか?


「味噌とか醤油って、豆からどうやって作るんですか?」

「簡単ですよ? 豆を煮て、潰した物にお塩を入れて発酵樽という魔道具に入れて発酵させるんです。塩だけなら味噌。塩水なら醤油になります」

「その発酵樽って、この村で手に入りますか?」

「いえ、さすがに村では売ってないですね。私も、始まりの町で購入しました」


 なんと、始まりの町で売ってるのか。じゃあ、俺が発見できなかっただけで、どこかで売ってる可能性もあるな。それに、焼豆が売ってるなら豆は手に入るだろうし、自作できちゃうかもしれない。


 だが、そう簡単な話ではないようだ。


「でも、発酵樽はその名の通り、発酵スキルが無くては使えませんよ?」

「発酵スキル? そんなものまであるのか……」


 そういえば、ブリュワーっていう職業もあったし、おかしくはないか……。うーん、調味料のためだけに、発酵スキルを取るのもな……。でも、もしかしたら酒とかも造れるのか?


 クヌートさんに聞いてみたら、発酵スキルは酒を造ったり、ヨーグルトなんかも作れるらしい。


 自作のワインとかビールで一杯なんて、面白そうだよな。オルトたちが酒を飲んだ時の反応とかも見てみたいし……。まあ、とりあえずイベントが終わるまでは保留かな。町に戻ったら調べてみよう。


 俺は豆を10食分。味噌、醤油を1甕ずつ購入して、豆農家を後にした。甕と言っても、小振りな3リットルくらいの甕なので、あまり多くは買えなかったが仕方ないな。手に入っただけでもラッキーとしておこう。


「次にここから一番近いのは……」


 豆農家さんから一番近いのは、茸採集のバッツさんの家か。皆とじゃれ合いながら向かっても、5分かからんかった。


 だが、誰も出ない。どうやら外出中らしい。残念だ。また夕方にでも来てみよう。


「となると、狩人のカカルさんの家が近いな」


 漁師さんの家も、ほとんど同じくらいの距離だけどね。


 どちらも村の入り口付近にあるので、その途中で中央広場を通る。すると、かなりの注目を浴びているのがわかった。まあ、うちの子たちがだけどね。


 女性プレイヤーから黄色い悲鳴が上がっているし、明らかに俺の足元に視線が集中している。毎度のことなんだけど、まだ慣れないな。


 俺が居心地の悪い思いをしながら広場を通り抜けようとしていたら、後ろから声をかけられた。


「あのー、すいません」

「はい?」


 振り返ると、獣人の男性が立っている。


「白銀さん、ですよね?」


 その異名に対してハイとは答えたくないが、ここで否定しても仕方ない。俺は渋々ながらうなずいておいた。


「ええ、まあ。そう呼ばれることもありますね」

「あのですね、お聞きしたいことがあるんですが、少しお時間よろしいでしょうか?」


 ワイルドな獣人の外見からは想像できないくらい、すっげー腰が低いな。そう言われたら断り辛い。


「はあ、ちょっとだけなら」

「ありがとうございます。お聞きしたいのはですね、どこにお泊りなのかってことなんです」

「どういうことですか?」


 男の話によると、村には泊る場所が不足しており、かなりの人数のプレイヤーが困っているらしい。宿屋は少人数しか宿泊できず、テントも広場以外では使用できないようだ。


 村の外でテントを張ることも可能だが、テントはセーフティゾーンでないので普通にモンスターに襲われ、村の適当な場所で野宿をしても、HPなどが一切回復しないらしい。


 今では広場で何とか場所を譲り合って順番で寝ているようだった。


 そして、広場を利用するためのタイムテーブルを利用するために名簿を作成している最中に、彼らは俺が広場にも宿屋にもいないことに気づいたんだとか。


 まあ、俺たちは目立ってるし、気づかれるのは仕方ないかな?


「つまり、どこに宿泊してるのか知りたいってことか?」

「というよりも、宿と広場以外に泊まれる場所があるんなら、教えてもらいたいんです。ダメでしょうか……?」


 うーむ。別にダメじゃないよな。カイエンお爺さんの家に招待することはさすがにできないが、NPCの家に泊めてもらえるという情報は教えてあげても特にデメリットはないだろうし。


 俺がNPCの家に泊っていると伝えると、男性は非常に驚いた顔をしている。


 実は、初日に試みたプレイヤーが複数いたらしい。だが、にべもなく断られてしまい、プレイヤーたちは無理だと判断しているんだとか。


 だが、詳しい話を聞いて何となく分かった。彼らは何の見返りも提示せず、ただ善意にすがって泊めてほしいと頼んだのだろう。


 俺は偶然だが、畑仕事を手伝い、その代わりに泊めてもらっている形になっている。多分、その差だ。俺はそのことを男性に教えてやった。


「なるほど、何らかの手伝いをして仲良くならなきゃダメってことですか」

「憶測だけどね。まあ、労働クエストなんかの村人の役に立つクエストもあるし、試してみたら?」

「そうですね。この情報、皆に広めて構いませんか?」

「いいよ」

「ありがとうございます! とても助かりました!」


 男性は最後まで礼儀正しく頭を下げて、去っていった。サーバーポイントじゃ貢献できそうもないし、こういう所で少しでも役に立っておかないとね。



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