854話 ヒバリ草原の村
丘陵地帯を横断した俺たちは、草原エリアへと辿り着いていた。丘だって草原だったが、ここはもっと草原草原している。
大地が平坦になり、丘陵地帯よりも背の高い草が一面に生えていた。キャロなんかは、完全に埋もれてしまうだろう。
それに、草の色が明らかに変わっているのだ。森と同じ、青緑色である。丘陵地帯と草原の境目が一目で分かるほど、緑から青緑に変化しているのだ。
「うーん、メッチャ怖いな」
「デビー」
森での悪夢が思い返される。ここでも蜘蛛が湧いて出たら最悪なんだけど。今なら、現実の蜘蛛を見ただけで嫌な気持ちになるだろう。
ただ、進まないという選択肢はない。草原をさらに進んだ場所に、明らかな村が見えていたのだ。
「慎重かつ大胆に行くぞ!」
「ヒヒン!」
「あ、キャロは前が全然見えてないけど、大丈夫か?」
「……ヒン」
見えないけどやります! そんな感じのキャロだけど、絶対に無理だよね? ここは、チェンジしておこう。
俺はキャロを労いつつ、飛行可能なアイネを召喚した。
「アイネ、上から警戒役を頼む」
「フママー!」
これで、俺にしがみ付いているリック、アコラ、スネコスリに、空を飛んでいるアイネ、ファウ、メルム、リリスの組み合わせだ。視界は問題ないだろう。
キャロを送還したことで一気に駆け抜けるようなことはできなくなったが、ヤバかったら撤退だな。
だが、草原は森程凶悪な場所ではなかった。やはり、あの森はもっと後に行くべき場所だったのだろう。
草原で出現するモンスターは、丘とほぼ変わらなかった。まあ、レベルが上がって数は増えたけど。
あと、動く茨のようなバインドソーンというモンスターと、剣のような草で切り付けてくるグラディウスグラジオラスというモンスターが新たに出現するようになった。
どちらもその場を動かず、プレイヤーが近寄るまでは草にしか見えない擬態型の敵だ。察知系のスキルでも気づけないので、かなりの確率で先制攻撃を食らってしまう。
足元の草を払いながら進んでいても、遠距離攻撃も持っているのであまり意味がないしな。増えたエネミーからの攻撃と相まって、回復頻度が倍くらいに増えていた。
プレイヤーを確実に消耗させてやろうという運営の執念を感じる。
それでも、ポーションや回復魔術を使いまくりながら、なんとか村へと辿り着いていた。いやー、村がもうちょっと遠かったら、撤退しなきゃいけなかっただろう。
「おや? 旅の方かね? ここいらじゃ見かけん種族だが」
村の門の前には、不思議な光沢のある鎧を着込んだお爺さんが立っている。この人が門番であるらしい。
目を引くのは、その背中に見える茶色い翼である。あと、嘴が生えていた。間違いなく、鳥獣人であるようだ。初めて見た。
「えーっと、遠くからやってきまして。村に入れますか?」
「勿論じゃよ。ゆっくりしていくとええ。ようこそ、ヒバリ草原の村へ!」
ここはヒバリ草原って言うらしい。地図を見ると、名前が自然と書き込まれた。なんと、自動更新されていくらしい。入り口の脇にあった転移陣にも登録し、いつでもここに来られるようになった。
落ち着いて村を見回してみると、村の住人は全員が鳥の獣人であるようだ。大人から子供まで、皆が背中に翼を生やしている。
「結構大きい村だな」
「フマ!」
「デビー」
町って言っても許される規模だろう。かなり広いし。ただ、建物の多くが木でできた平屋で、村感も強いのだ。
規模に反して質素にも見える村人たちの家だが、平屋なのには理由があった。
「ヤー!」
「キキュー!」
俺たちの頭上を黒い影が通過し、それを見上げた先には村人が空を舞っている。その横を、バサーッという羽音を立てながら、子供が通過していった。あの翼は、飾りではないのである。
この村の建物が低いのは、空を飛ぶときに邪魔をしないためなのだ。鳥獣人にとってはその方が生活しやすいんだろう。
俺からは見えないが、家々の屋根には扉が取り付けられていて、そこから出入りもできるようだ。
「ニュー」
「デビー!」
「あ、こら! あんま高く浮かぶと村の人の邪魔になるから!」
「ヤー!」
「フマー!」
「お前らまで!」
うちの子たちが空中でワチャワチャし始めた。普通なら問題ないけど、この村だと道路の真ん中で遊ぶ迷惑な子供みたいな感じにならない?
ただ、この村の人たちは寛大だった。というか、空は広いのでちょっと避ければいいやという感じらしい。
笑ってモンスたちを見ている。
むしろ、自分たち以外で空を飛べるモンスに興味津々な様子で、子供たちなんかは近寄ってきて一緒に遊び始めるほどだった。
俺が声をかけると、鳥獣人の子どもたちと追いかけっこをしながら付いてくる。頭上で遊ぶメルムたちを、リックやスネコスリが羨ましそうに見上げているな。
でも、あれにはどうやっても交ざれないと思うよ?
「キキュー!」
「ニュ?」
「キキュ!」
「ニュニュー!」
いや、下りてきたメルムに、リックとスネコスリが乗り込んだ! 座布団みたいな形状とサイズに変形したメルムは、ちょっとしたUFOのようだ。
「……アコラはいいのか?」
「ラ!」
アコラは飛ぶのに興味ないらしい。俺の背中にしがみ付いたまま、再び目を閉じた。今はお昼寝の気分なのだろう。
アコラが起きないように静かに歩きながら村の中心に向かうと、そこには中々目立つ石像が置かれていた。
周辺の建物が相変わらず背が低いため、より大きく思える。背中に翼を生やした、天使のような姿の人物を象ったものだ。
「ふむふむ。天空神様ね」
さすが浮遊大陸。天空神という神様を信仰しているらしい。村を回る前にお参りをしておこうと思い、目の前に立ってお辞儀をすると――。
天空神の試練
内容:レア度8以上のモンスター素材を3つ捧げよ
報酬:バーディアンの因子。もしくは、ボーナスポイント5点。
期限:なし
やっぱりここでも試練が発生したか! しかも、今までよりも内容が少し厳しい。でもそれも無理ないかもしれない。
だって、バーディアンだよ? この村に居る鳥獣人のことだろう。つまり、空を飛べるということだ。
それだけで普通に強いし、空を飛ぶということに憧れを抱くプレイヤーも多いだろう。初期種族で選べないのも理解できる。
これは、バーディアンに転生できるっていうだけでも、この浮遊大陸を目指す人が爆増するだろうな。
試練の達成はその内でいいや。というか、レア度8素材って、なかなか厳しいし。
「さて、次はどこ行こうか?」
「ラー……?」
「おっと、独り言だからアコラは寝てていいぞ~」
「ラー」




