83話 カイエンの手料理
冒険者ギルドから離れつつ広場を観察してみると、広場にはテントが建て始められている。やっぱり宿に入りきれない人たちは、テントを買って広場で寝泊まりをするつもりらしい。時間が早い気もするが、先に場所を取ろうというのだろう。
しかも見た感じ、テントはそう多くは建てられそうには見えなかった。全部のテントにパーティ6人全員で寝泊まりするというならともかく、ソロや、2、3人パーティも多いだろう。
下手したらテント泊さえ危ういプレイヤーもいるんじゃなかろうか?
俺たちはお爺さんに出会えて本当にラッキーだったな。
「忘れずに果樹園の世話をしておかんとね」
明日の収穫のため、マップを見ながら、果物屋さんの果樹園に向かう。そこはカイエンお爺さんの畑から10分もかからない場所だった。
「近いな」
でも、ここならカイエンお爺さんに教えてもらったため池が使えるだろう。水撒きは問題なさそうだ。分担は俺とリックが草むしり、オルトたちが水撒きである。
果樹園に植えられているのは、白梨、緑桃、紫柿、青どんぐり、胡桃だった。紫柿だけじゃなく、白梨まであるじゃないか。これ、絶対に欲しいんだけど。
「明日から頼むぜ~」
そうやって果樹園の世話が終わった後、俺はさらに村を歩き回ってみることにした。マップの穴抜けを全部埋めてしまおうと思ったのだ。始まりの町でもマップを埋めたら橋の下の扉を発見できたわけだしね。
まあ、無駄足だったとしてもいいのだ。従魔たちとの散歩がメインなので。村の北半分のマップを完璧に埋め終わった頃、日が落ち始めてきた。無理するようなことでもないし、そろそろカイエンお爺さんの家に帰ろうかな。
「みんな、戻るぞー」
「ム!」
「クマー!」
「キュキュ!」
「――♪」
クママとオルトが追いかけっこしながら俺たちの前を進む。リックは俺の肩。サクラは左手にしがみ付いている。
「あー、いい風だなー」
不愉快でない程度に強い風が、前方から吹きつけてきた。髪が軽く流される程度の風だ。両手を広げて全身でその風を受ける。
「気持ちいいな~」
俺の言葉を聞いたリックとサクラも、手を広げて風を受けるような動作をした。
「キュッキュ~」
「――――♪」
リックは俺の肩の上で立ち上がると、大きく手を広げて、白いモフモフな腹で風を感じている。目を細めて心地良さげだ。髭が風でワサワサと揺れてラブリー。
サクラも俺と同じように両手を広げて、風を全身で受けている。風で巻き上げられたサクラの髪の毛が俺の腕をコチョコチョと撫でて、非常にくすぐったい。
「くはっ。こそばゆいぞ」
「――♪」
俺が軽く身をよじって笑っていると、それが楽しいのか、サクラが自分で頭を振ったり、頭を俺の腕に摺り寄せてきた。それがまたくすぐったいのだ。
「あはははは! くすぐったいって!」
「――♪」
「キュー!」
リックも混ざり、尻尾で俺の顔をファッサファッサとくすぐってくる。
「わはははは!」
「ムー!」
「クマー!」
サクラとリックにくすぐられて大笑いする俺を見て、楽しそうに遊んでいると思ったのだろう。オルトとクママが交ぜてもらおうと、俺の足に抱き付いてきた。
いやいや、そんな急に両足にしがみ付かれたら――。
「ちょ、バランスが……!」
「キュー!」
「――!」
「クックマー!」
「ムムー!」
俺たちは一塊になったまま地面に倒れ込んだ。顔にリックとクママのモフモフが押し付けられて気持ちいい。皆も痛そうと言うよりは、楽しそうだった。
モンスターたちとこんな風に遊んだことなかったしな。たまにはこういうスキンシップも良いもんだ。
ただ、普通の通りでやることじゃなかった。
プレイヤーだけではなく、NPCの住人たちまでもが俺たちを見て笑っている。
「も、戻るぞ!」
俺は皆を立たせると、駆け足でカイエンお爺さんの家に戻った。オルトたちが笑顔で後をついてくる。追いかけっこをしてるつもりなのかもな。
「ただいまー」
「おかえり。夕食の準備ができとるよ」
「ありがとうございます」
「なになに、簡単なものだけじゃから」
そうは言うが、食卓に並んだ料理はかなり美味しそうな物だった。
兎肉の入ったスープ、トマトが美味しそうなサラダ。焼きナスなど、素朴ながら、食欲をそそる料理たちだ。唯一未見の料理は、平べったい平パンというパンだった。ナンを円形にしたような外見をしている。
「美味しそうですね」
「そう言ってもらえるとうれしいのう。ほれ、そちらに座りなさい」
「はい」
食卓につくと、カイエンお爺さんが何やら紫色の飲み物を出してくれた。ワインかと思ったら、紫柿のジュースのようだ。
それを見て、モンスたちにも食事をあげなくてはいけないことを思い出した。オルトとクママにはジュース、リックにはナッツクッキーだな。
ジュースはこれが最後だ。今日手に入れた果物を使って、明日にでも作らないとならない。まあ果物は毎日手に入るはずだし、イベント中は困らないだろう。
「ムムッム!」
「クマー!」
「キキュッ!」
サクラは食事が不要だが、美味しそうに食べ物を貪る弟分たちを見て、楽しそうに微笑んでいる。
さて、俺もいただくとしよう。
「いただきまーす」
「はい、いただきます」
俺はまず平パンを手に取ってみた。インドのナンぽいのかと思ったが、思ってたよりもモッチリしてるな。千切って、パンだけを口に入れてみる。
「端っこはサクサク、中はモチモチでおいしいですね」
「そうかい? わしらは毎日食べとるから、これが当たり前なんだが。褒めてもらえると嬉しいよ」
「うらやましい」
これってどうやって作ってるんだろうか? イベント終了してからも食べたいんだけど。聞いたらレシピを教えてくれないかな。
「このパンはお爺さんが作ってるんですか?」
お店で買ってきてるんなら、その店の場所を教えてもらおう。
「そうじゃよ? わしがそこのオーブンで焼いてるんじゃ」
やった、お爺さんが作ってるみたいだ。
「どうやって作るんですか?」
「なんじゃ、お前さん料理を作るのかね?」
「まあ、かじった程度ですが」
「ほほう。ならレシピを教えてやるから、夕食を作ってはみんかね? 食材は家にある物を好きに使って構わんから」
「いいんですか?」
レシピ貰えるうえに、料理のレベリングにもなるだろうし、俺としては願ったりかなったりなんだが。
「わしはあまり料理が得意でないでの。やってくれるなら助かるんじゃが」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」




