820話 天望樹の種子
急に、階段を使って上りたいとアピールし始めたモンスたち。時間がかかり過ぎるからとそれを止めていると、マッツンさんたちがサクラたちの援護をし始めた。
「その子らが行きたいって言ってるんだったら、階段でいいんじゃないか? なあ?」
「そうだよ! ユート君!」
「僕もそう思いますよ!」
階段上りに付き合うと言い出したけど、本当にいいの? 俺は改めてエレベーター脇に設置された階段を見上げる。つづら折りになった、どこまで続くか分からない階段だ。
「いや、よく見てよ。メッチャ大変だと思うけど……」
「まあ、階段でゆっくり上っていくのも悪くないさ」
「ユート君ちのモンスちゃんの主張なら、期待大だしね」
「ぜひ、階段で行きましょう。僕、東京タワーの階段上るのが夢だったんです」
何故だか妙に悟ったというか、アルカイックスマイルで3人が階段を推し始める。俺に気を使っているだけじゃなく、本当に階段を使いたがっているようにも見えるが……。
ど、どうしたんだ一体? 正気か? ぶっちゃけ俺、エレベーターで一気に昇っちゃいたいんだけど……。
だが、3人にそう言われては、断ることもできない。
「わ、分かったよ。じゃあ、階段使うか」
「おう!」
「やったね!」
「いやー、何があるか楽しみですね!」
ということで、一列になって階段を上っていくことになったのであった。
まあ、ゲームだからスッゴイ疲れる訳じゃない。ただ、代わり映えのしない景色が続くせいで、10階を越えた辺りで段々と飽きてきた。
階段には落下防止で網が設置されていて、景色もよく見えないのが悪いよな。眺望が良ければ、気がまぎれるのに。
しかも、まだまだ先は長いし。
マジで階段でいくのは失敗だったんじゃないか? そう思い始めたその時だった!
「トリリ!」
「――♪」
「え? ちょ、どこ行くんだよ2人とも!」
意気揚々と先頭を歩いていたオレアとサクラが、12階に着いた途端走り始めていた。
各階は、巨樹の内壁をぐるりと回る様に、円の形状をしている。そのため、あまり複雑な造りではないんだが――。
「そんなところに通路が!」
「トリ!」
「――♪」
階段から30メートルほど離れたところに建っている、ちょっと昭和っぽさも感じる木造の集合住宅。2人はその裏手にある、建造物と巨樹の幹の隙間にできた路地へと駆けこんでいった。
すれ違いなんて絶対にできそうもない、狭くて薄暗い路地だ。サクラもオレアも、その通路をズンズンと進んでいく。
俺も追っていくと、通路の突き当たりで既視感のある扉が姿を現した。集合住宅の裏口にも思えるが、ちゃんと看板がかかっているのだ。
「なるほど、ここにきたかったのか」
「トリーリー!」
「――!」
そこは間違いなく、路地裏の雑貨屋さんであった。
木造の建物の裏手にひっそりとたたずんでいる感じが、他の雑貨屋さんと同じである。
これは入るしかあるまい!
ソーヤ君たちがちゃんと追ってきてくれていることを確認し、俺は扉を開けた。
「お邪魔しまーす」
「トリー」
「――」
キーッと音を立てる扉を押し開けると、そこにはごく普通のオシャレ雑貨屋さんの店内が広がっている。この辺も、他の路地裏雑貨屋さんと同じである。
やはりここでも木製の商品が多いようだ。これは、予想してた通りである。ドワーフの町だと金属製品が多かったし、エルフの暮らす樹海の町ならそりゃ木製の商品ばかりになるだろう。
木のインテリアに、植木鉢などが並ぶ中、奥へと向かうと不思議なものが並んでいた。
「なんだこれ? デッカイ植物の種?」
「――♪」
「トリリー!」
サクラとオレアはメチャクチャ喜んでいるが、これが何なのか全く分からない。形状としては、巨大な種子。どんぐりの中身がくりぬかれて、お椀みたいな形状になってるって言えばいいか?
そのお椀の縁から芽が出ているんだが、種子自体が俺たちよりも大きいせいでこちらもデカい。普通、種から出る若い芽に擬音を付けるなら、ピョコンとかになるだろう。
しかし、こいつはビョイーンって感じだ。形状はごくごく普通の、若い芽だ。茎があって、葉が2枚左右に開いている。
しかし、黄緑色の柔らかそうな幹や双葉は、ともに3メートル以上あるだろう。そこらの成木並みのサイズである。
鑑定すると、『天望樹の種子』となっていた。説明には、『天を望む大樹の種子。親木の魔力をその葉に受けることで、浮遊の力を得る』と書かれている。
え? この種、空を飛ぶの? というか、中乗れるんじゃないか?
値段は1000万。安くはないが、買える値段だ。多分、天望樹っていうのはこの巨樹のことだろう。説明を読み解くに、この木の周辺でしか使えないって事?
何か意味が――いや、そうか。エレベーターなくても、簡単に木の上に登れるってことね。でも、それに1000万はな……。エレベーター使えばいいし。
だが、横を見ればサクラとオレアがガッツリ俺を見つめている。
「……これ、欲しいの?」
「――♪」
「トリリリー!」
「うーん。サクラ、これって株分けできると思う?」
「――」
無理かー。でも2人が「絶対欲しいです」って顔してるもんな。というか、俺が買わないって言うだなんて、微塵も思ってない顔だ。
「はぁぁ。仕方ない」
「――♪」
「トリー!」
これも可愛いモンスたちのためだ。決して、左右から抱き着かれてデレデレしてるわけじゃないぞ? 本当だぞ?
「すみませーん。これください」




