8話 白銀(シロガネ)の先駆者
ログインしました。
ゲーム内時間は、1/2の昼の12時。正確には11時55分。
ちっ。ログインが大幅に遅れちまったぜ! 本当はゲーム内時間で朝6時にログインするつもりだったんだ。だが、会社の後輩から仕事の引き継ぎについて連絡があって、それに大分時間を取られてしまった。
現実で1時間遅れたら、ゲームの中では4時間遅れるからな。まずは畑に急ごう! どうなってるかなー?
ピッポーン。
「?」
《運営からのお知らせです》
畑に向かおうとしていたら、なんか広場の時計塔にモニタのようなものが浮かび上がったぞ。
《正式サービス開始から、ゲーム内で1日が経過いたしました。沢山のプレイヤーの皆様に、ログインしていただき、ありがとうございました》
運営からのお知らせだった。そうか、昨日の12時から、ゲーム内ではちょうど24時間が経過したのか。同時にメールも届いている。内容はモニタと同じ映像データだ。
《特に積極的に行動をしてくれたプレイヤーを対象に、特別報酬が授与されます》
へー。そんなこと告知されてなかったと思うけど。シークレットイベントってことか。面白いな。まあ、俺には関係ないか。どうせβテスターがもらうことになるだろうし。
周辺のプレイヤーたちも、同じインフォメーションを見ているのだろう。皆が動きを止めて、モニタを見つめている。
《まずは、総移動距離の最も多かったプレイヤーに「冒険者」の称号が送られます》
おおーというため息が広場全体から漏れた。称号とは、特定のクエストや、行動を行ったものに与えられるもので、取得には結構苦労するらしい。大抵の称号にはスキルやステータス上昇などの特典があり、序盤で称号をもらえるとなると結構な大盤振る舞いだ。
しかもこれはシークレットイベントでもらえる、かなりレアな称号。下手したら今後同じ称号はもらうことができないユニーク称号になる可能性も高い。そのため、誰もが興奮の面持ちでモニタを見つめている。
《対象者の総移動距離、51.6Km。獲得者の特徴を取って、『紫髪の冒険者』の称号が授与されます》
50kmか。多いのかどうか、いまいち分からんな。周辺のプレイヤーのささやきを盗み聞いたところ、騎乗系スキルを持ったプレイヤーに違いないという事だった。なるほどね。
《次に、総獲得アイテム数の多かったプレイヤーに「探索者」の称号が送られます》
移動距離に、獲得アイテム数か。どっちも俺には関係ない。でも、羨ましいな。俺だって、キャラメイクに成功してれば、ドキドキすることくらいはできたかもしれないのに。
いやいや。何をいまさら。俺は俺の道を行くと決めただろう。女々しいぞ、俺。
《対象者の取得アイテム数は91。獲得者の特徴を取って、『紅玉の探索者』の称号が授与されます》
髪が赤いのかな? まあ、序盤でこれだけ活躍してればその内有名になるだろうし、その時判明するか。
《最後に総死亡数の多かったプレイヤーに「先駆者」の称号が送られます》
は? 死亡数? 死に戻った回数ってことか?
《対象者の死亡回数は3。獲得者の特徴を取って、『白銀の先駆者』の称号が授与されます》
ピッポーン
『称号「白銀の先駆者」を獲得しました』
シロガネノセンクシャ? はい俺でしたー。しかも不名誉称号。
周りでも「初日で3回? まじかよ」とか「誰だよその雑魚。お前か?」「ちげーよ。俺の髪は白。銀じゃねーよ!」「ひゃははは、超ダセー」とかいう会話が繰り広げられている。
隠した方が良さそう? ただ、周辺のプレイヤーの目が俺を向いている気がする。いや、被害妄想じゃなくてね。
「なあ、あいつ、昨日死に戻ってたよな」
「銀髪……白銀だよ」
「え、じゃあ」
やばい。一刻もはやくこの場を離れないと、死に戻り最多記録ホルダーとして有名になってしまう! 俺にだって人並みの自己顕示欲はある。凄い活躍して目立っちゃったらどうしようとか妄想したこともある。だが、これは違う! もっとこう、色々あるだろう? こんな逆の意味で目立つのはノーサンキューだ。
「……とりあえず畑行こうかな」
道すがら、現実逃避的に称号を確認してみる。新たに称号という欄がステータスに追加されていた。
称号:白銀の先駆者
効果:賞金4000G獲得。ボーナスポイント2点獲得。スキル:逃げ足が追加。
へえ。お金とボーナスポイントとスキルを貰えたぞ。不名誉称号は微妙だが、このボーナスは素直にうれしいな。というか大金を得てしまった。じゃあ、スキルの効果も確認しとこうか。
逃げ足:逃走時、敵の追尾範囲が狭まり、より逃げやすくなる。
要は、敵が早めに諦めてくれるってことか。有り難い。俺にはもってこいのスキルだ。まあ、貰っちまったもんはしょうがない。精々有効活用させてもらうとしよう。
「おはよう、オルト」
「ムーム」
「しっかし、凄いなこれ」
畑に着いた俺は、目の前の光景に感動してしまった。昨日までは何もなかった畑に、植物が生えそろっている。
「薬草に、毒草、麻痺草と陽命草……。全部、品質が上がってるし!」
昨日オルトに渡した時は、確かに★1だったはずだ。しかし、今畑に生えている物は、品質が2段も上の★3の物に変わっている。
「これが、農業系スキルの効果か? あと、肥料と腐葉土も撒いたしな」
名称:薬草
レア度:1 品質:★3
効果: HPを7回復させる
名称:毒草
レア度:1 品質:★3
効果:使用者に低確率で毒効果
名称:麻痺草
レア度:1 品質:★3
効果:使用者に低確率で麻痺効果。
名称:陽命草
レア度:1 品質:★3
効果:ポーションの素材。満腹度3%回復。
さらに、食用草と、傷薬草も育っていた。こっちも品質が★3に上がっている。
「これ、収穫していいのか?」
「ム」
オルトが、足元に生えていた薬草をブチッと抜いて渡してくれる。ああ、ただ抜くだけでいいのね。
俺もさっそく、毒草を引き抜いてみた。うん、★1の物より大きさも大きいし、色も濃くていかにも毒って感じが増している。
この朝の収穫は、薬草×2、毒草×2、麻痺草×2、陽命草×2、傷薬草×5、食用草×5となった。素晴らしい。
「あとは……水はどうなってる?」
「ムー」
「ふうん。使い終わると、水軽石は割れちゃうのか。でも、見た目は普通の水と変わらないな」
水桶には確実に緑マーカーが出ている。俺は木桶ごとインベントリに収納してみた。すると、桶だけがその場に残り、インベントリの中に浄化水というアイテムが10個増えている。成功のようだ。
名称:浄化水
レア度:2 品質:★1
効果:素材
「ポーションの材料が揃ったんじゃないか? しかも、普通に採取するよりも高品質で」
俺以外の人はこの辺で採取できる、★1の薬草と陽命草に、井戸なんかで汲める普通の水で作るんだろうしね。
オート作成の指示に従い、★3の薬草と陽命草、浄化水を取り出し、ゴリゴリ調合していく。材料が違うだけで、手順は傷薬と一緒だった。
そして、鉢が光って、ポーションが完成する。やった、★1の下級ポーションじゃないぞ!
名称:下級ポーション
レア度:1 品質:★3
効果:HPを30回復させる。クーリングタイム10分。
これは良い物だ。相変わらず、ポーションが入っている瓶がどこから来たのかは分からんが。序盤では有用なポーションだろう。さすが、良い品質の素材を使っただけある。
初期装備に入っていた★1下級ポーションよりも、10点も多くHPを回復してくれる。まあ、俺の場合、どっちでもHP全快だからあまり関係ないんだけどな。
『調合スキルがLv2に上がりました』
よしよし、順調にレベルアップしてるぜ。さすが★3! にしても、100%成功する代わりに品質が下がるというオート調合でこの品質か。
他のレシピもチェックしてみようかな。
傷薬、携帯食は、草と水だけで作ることができる。簡単なレシピだった。これもオルトに株分してもらう分を残して、調合しちゃおう。食用草1つで、携帯食が5つ作れる。1つで満腹度が20%回復するので、1日分は賄える計算だ。クソ不味いから、違うのが食べたいけどね。とりあえず10個作っておこう。
傷薬草2つに井戸の水で、傷薬も2つ作っておく。傷薬に浄化水は勿体ないからな。だって品質が最低でもほぼ全快だから……。
毒薬、麻痺薬は、それぞれのレシピに毒草、麻痺草が3つずつ必要だった。今は手持ちがない。狩猟薬も、毒草と麻痺草に赤テング茸というキノコが必要で材料不足だ。残る蜜団子も食用草はあってもハチミツがない。
「まだまだ材料が足りないか」
それに問題もある。スキルレベルを上げても、基礎レベルが上がらないと、ステータスが上昇しない。それではいつまでも強くはなれないのだ。生産で得られる経験値はあまり多くないらしいし、できれば生産以外でも経験値を稼ぎたいところだ。
「うーん。一番の近道は、簡単なクエストをこなして、経験値を稼ぐことだよな。また宿屋で皿洗いでもするか?」
クエストは達成すると僅かに経験値が貰えるからな。でも、もう皿洗いをするのはちょっとね……。
「まあ、とりあえず種まきだな」
俺は薬草をオルトに渡して株分けしてもらった。株分けをすると品質が下がってしまうのは分かっているが、★3を渡したらどうなるのか? もし品質が1段しか下がらず、★2の種になったら? 作物の品質は1日で2つ上がる訳だから、繰り返せば8日後には★10の薬草が作れてしまうのでは?
「ビンゴ! まじでか!」
オルトの創り出した種は、★2だった。これは畑で採れた作物を植えるしかないじゃないか!
俺は残っている収穫物から、薬草×1、毒草×2、麻痺草×2、陽命草×1、傷薬草×3、食用草×1を株分けしてもらい、畑に種を撒いた。明日が楽しみだな。暫くは調合に回さないで、素材の品質を上げることに専念しよう。