764話 氷原
北の島は、全てが白かった。山も平地も雪に覆われ、常に雪が降っているのだ。どこをみても、ひたすら白い。
しかも、ただの雪原ではない。
「うぉ! ちょ、これ、滑るな!」
「クマー!」
「あー! クママー!」
雪というか、氷なのだ。普通に歩こうとしても大分滑る。
何も知らずに走り出そうとしたクママが足を取られ、そのまま転倒していた。しかもちょっと下り坂になっているせいで、そのまま滑り落ちていく。
「ク、クマー!」
爪を立てて何とか止まれたが、結構滑ったな。これ、他の子たちはどうだ? 氷の上を滑れるペルカ、飛んでるファウ、アイネは問題ないだろう。
だが、ルフレ、リック、アコラはヤバそうである。
「暖房石だけじゃ対策しきれてないってことか……」
「ク、クマ……」
「おお、自力で上がってこれたか」
「クマー」
大爪撃を発動し、その爪をスパイク代わりにしながら腹ばいで坂を上がってきたらしい。これ、俺が落ちてたらヤバかったよな……。
「とりあえず村に戻るぞ」
「フム」
「キキュ!」
ということで漁村に戻って話を聞くと、この漁村の人たちは雑貨屋で買える滑り止めを利用しているそうだ。
足に着けるスパイクのようなものを想像していたんだが、雑貨屋で売っていたのは瓶に入った液体であった。
名前は、『滑り止め液・氷上』とそのままだ。これを自分に振りかけると足に薄い膜のようなものが張られ、その膜がある間は氷の上で滑らなくなるというアイテムである。
1回使うと2時間もつようなので、とりあえず30本ほど買っておいた。レシピも簡単に教えてもらえたが、材料がない。
そもそもこの液体を作るために、この島で取れる素材が必要だったのだ。
その採取も兼ねて、色々歩き回ってみようと思う。滑り止めのお陰で走って跳べるようになったクママを先頭に、俺たちは氷原を進んでいく。
「クマー」
「キキュー!」
「ラー」
リックとアコラも楽し気だ。珍しい景色にテンションが上がっているのだろう。アコラなんか即座に俺の背中から飛び降りて、自分の足で歩き始めたもんな。
ただ、氷原は珍しいだけではなく、今までにない不思議なフィールドでもあった。
まず敵が少ない。たまに出現したとしても、氷に擬態するアイススライムや、雪の中に隠れているホワイトレイスなど、奇襲を仕掛けてくる敵ばかりだ。
そして、モンスターが少ない代わりなのだろうが、フィールドに罠が設置されている。いや、罠というか、自然の脅威?
雪に隠され、落とし穴化している小さなクレバス。崖の上から落ちてくる、鋭い氷柱や雪の塊。氷が薄いせいで、踏み抜くと太ももまで嵌まってしまう氷上の穴。
罠感知で探ることが可能だが、いちいち気を付けなければならないので進む速度は非常にゆっくりだった。
これに加え、滑る氷と寒さ対策が必要なのだから、かなり面倒だ。このフィールドは戦闘力よりも、環境への対策力が重要になってきそうだな。
素材を色々とゲットしつつ進むと、小高い丘のようなものが見えてきた。あの上に登ったら、この島が一望できるかもしれん。
そう思って丘登りを始めたんだが、道中は地雷原かってくらい罠だらけだった。クレバスを慎重に越えたかと思ったら、その数メートル先にもっとデカいクレバスがあったりするんだぞ?
そりゃあ、引っかかるさ! 底まで落ち切る前に、俺の肩に乗っていたアイネがなんとか引っ張り上げてくれたのだが……。
落下中に氷のでっぱりとかに削られて、めちゃくちゃダメージを食らったのだ。しかも、狭くて深い穴に落ちるの、超恐かったし!
あんな罠設置する運営、性格悪すぎだろ! なんか色々あって仕事が終わらないようになる呪いをかけてやる! 家族サービスができなくなって、夫婦仲が冷め切るがいい! あと、娘に嫌われろ!
あ、でも、離婚したりするのはかわいそうだから、適度な感じでお願いします呪いの神様。
「フマ?」
「あ、なんでもない。恐すぎたせいでちょっと思考が暴走してるだけだ」
「?」
「……とりあえず、もう少しで頂上だから頑張ろうか?」
「フマ!」
その後も罠を避けつつ何とか到着した頂上からは、期待通り島を見渡すことができた。雪が降っているせいで全てとはいかないが、かなり遠くまで見える。
どうやら、北の島はコの字型をしているらしい。漁村は南西の隅にあり、俺たちがいる丘は真南だろう。
眼下には湾が広がっているが、一面に流氷が敷き詰められている。一見すると地面のようだが、よく見ていれば流氷が僅かに動き、時おり波飛沫が上がっているのも見えた。
そして、見えるものは流氷だけではない。
「ペンギンいるじゃん!」
「ペン!」
灰色の毛の子供ペンギンを発見できていた。あとは、流氷の上に寝転がるアザラシもいるな。結構大きいが、強いのだろうか?
ペルカがいるからペンギンをもう1体欲しいとは思わんが、テイム可能かどうかの情報は欲しい。アザラシも興味があるのだ。
だが、すぐに突撃できない事情があった。
「あの白熊、デカすぎない?」
「クマー」
大きくなったクママも同意とばかりに頷く。流氷と島の境となる場所に、体長10メートルを超える巨大白熊が寝そべっていた。波打ち際が岩場のようになっているんだが、そこで丸まっている。
同じ熊族であるクママが、ちょっと引いてるくらいデカいのだ。
正直、戦いたくない。
「起こさないように、慎重に進むぞ」
「クマ」
「ペン」




