73話 光胡桃
自称忍びのシーフ、ムラカゲを助けてからゲーム内で5時間後。
俺は再ログインして畑に戻ってきた。夜明け前にログインしてきたのには理由がある。
それは、作物の成長を観察することだ。別に深い意味がある訳じゃないんだが、ふと思いついたのだ。
リアルと同じように少しずつ成長していくのか? それとも経過時間で一気に成長するのか? なんとなく気になったのである。
もしかしたら、植物の成長を早回しで見せる動画のような、不思議映像が見えるのではなかろうか。
そう期待していたんだが……。
「もう生えちゃってんな」
せっかく早めにログインしてきたのに、畑の作物は既に収穫可能なまでに成長してしまっていた。
ログインする前は育ってなかったので、この数時間で成長してしまったようだ。日の出に合わせて収穫可能になるんだと思っていたが、そうでもなかったらしい。
「ムー!」
「キュキュ」
「クックマ!」
にしてもうちの子達は元気だ。畑の草の間を走り回って、鬼ごっこをしている。これがまた本気な感じだ。
鬼はクママなんだが、オルトは匍匐前進で草の間をズリズリと進んで身を隠しているし、リックは小ささを活かして草の間をチョロチョロと走り回っている。サクラはそれを見守っていた。
こけて作物をダメにしたりするなよ?
「君らは元気だねー」
俺は畑を見て回った。夜の畑はなかなか綺麗だ。リアルの畑とは一味違う、爽やかな夜気に、適度な水気。そして北欧かと思うほどの圧倒的な夜空から降り注ぐ星の光が、その畑を幻想的に照らす。
その畑の中で一際俺の目を引いたのが、最近果樹園と化してきた第一畑に植えられたある木だった。
「胡桃の木だよな……?」
重なり合った木の枝葉の間から、淡い光が漏れ出している。
その光の元を確認してみると、光る胡桃の実が生っていた。おお、光胡桃だ。また収穫できるとはラッキー。
「さっさと収穫しちゃおうか」
確か光胡桃は一昼夜経つと光を失い、ただの胡桃になってしまうはずだ。状態を留めておくには、収穫後にインベントリに仕舞うしかない。
そうやって光胡桃を収穫していたら、リックが駆けてくるのが見えた。
「キュキュ!」
何やら入口の方を指さして、アピールしている。
「何かあったのか?」
「キュッ!」
とりあえずリックの後についていってみると、畑の前に人影があった。
多分、男女の2人組だろう。だろうと言ったのは、彼らが黒いマスクのような物で顔を隠していたからだ。だが、体格や凹凸から、1人が女性であることは分かった。
というか、男の方には見覚えがある。
「リス殿、ご主人を呼んできてくれましたか! かたじけない」
「ムラカゲじゃないか」
そう、男は昨日の夜に助けた忍者ロールプレイヤー、ムラカゲだったのだ。
「おお、ユート殿! 昨日は世話になりもうした!」
「まあ、困ったときはお互い様だから」
「いえいえ、おかげで彼女と合流できました故」
「じゃあ、そちらがお仲間さん?」
「はい、アヤカゲと申します。お見知りおきを」
こっちもカゲだった! まあ、外見を見れば予想はできたが。なにせアヤカゲもムラカゲと一緒で、頭から爪先まで全身黒の隠密風衣装に身を包んでいたのだ。忍びロールプレイヤーなのだろう。
「それにしても見覚えのあるモンスターたちだと思いましたが、この畑の主はユート殿であられるか?」
「ああ、そうだが。どうしたんだこんなところで?」
俺に何か用事なのだろうか? この畑のことは少し調べれば分かるだろうし。前回の出会いで俺が白銀と呼ばれている3死プレイヤーだと気づいていれば、ここに辿りつくことは難しくないだろう。
だがムラカゲに話を聞いてみると、俺を探していたわけではないようだ。
そもそも数日前から俺の畑、正確には畑に植わっている胡桃の木に目を付けていたんだとか。
「まさかプレイヤーですでに胡桃を育てられている人物がおられるとは思ってもみませんでした。それも始まりの町で」
「まあ、いろいろあってな」
「そこで一つお聞きしてもよろしいか? ユート殿の育てられている胡桃の木に、光胡桃はならないのでしょうか?」
ということはムラカゲは光胡桃を探してるのか? ムラカゲが光胡桃を欲しがる理由と言ったら――。
「あ、もしかしてランクアップクエスト?」
「そうなのです。光胡桃を西の森で2つしか入手できなかったので、もしお持ちだったら譲ってほしいのです」
「え? それっていいの?」
ソロで光胡桃を集めなきゃいけないんだろ? 買ったらアウトなんじゃないのか?
「これは誰ともパーティを組まず、光胡桃を3つ入手して納品するというクエストなのです」
買おうが採取しようが、納品さえすれば構わないんだとか。ただ、光胡桃は希少で、ほとんど流通していない。しかも高額なため、買って納品できるプレイヤーはほとんどいないらしい。
「ムラカゲはわざわざお金を出して買っていいのか?」
「ええ、できれば今日の内にランクアップしてしまいたいのです。明日からまた仕事が忙しくなるので、無駄に何度もクエストをしている暇が無いのです」
なるほど、リアルの事情か。それは俺も痛いほど理解できる。
「で、光胡桃が1つ欲しいと?」
「はい」
うーん、1つだけなら譲ってもいいかな。胡桃の木に生るってことは、今後も入手できる可能性はあるだろうしね。それに、袖振り合うも他生の縁と言うしな。
「1つなら譲っても良いぞ?」
「まことでござるか? それは有り難い!」
「ありがとうございます」
アヤカゲも一緒に頭を下げてくる。それにしても、同じ格好だな。もしかして他にもこんな忍者たちがいるのだろうか?
「2人はパーティを組んでるんだよな? もしかして、他のパーティメンバーも忍者なのか?」
「いえ、まだ我ら2人だけです」
「ですが、いずれは同志を集めて忍者党を結成するつもりです」
忍者党? ああ、クランの事か? 凄いな、そこまで考えているなんて。
だが、俺が一番驚いたのは、光胡桃が25000Gで売れたことでも、彼らのリアル年齢が30歳を超えているという事でもなく、2人がリアルで夫婦だという事だった。
夫婦で同じゲームをやって、ガチの忍者ロールプレイ? 仲良いな! でも、全然羨ましくないのはなぜだろうか?




