720話 億越え
アリッサさんが消えてしまわれた。ルインはバイタル異常による緊急ログアウトって言ったけど、マジか?
あれって、急病や持病の悪化、災害なんかを検知した際の生命維持用のシステムだろ? 少し驚いたくらいで適用されるか?
もしかして、演出? 妙なロールプレイしたり、叫んだりもしちゃうアリッサさんだ。緊急ログアウトを装った演出くらい、してもおかしくはないだろう。むしろ、本当に緊急ログアウトしちゃったってよりも、そっちの方が有り得る。
なるほどねー。凝った演出だわー。
納得して少し待っていると、アリッサさんが戻ってきた。ほらやっぱり。バイタルチェッカーは、一度使用されたらすぐの再プレイは止められるはず!
それが20分くらいで戻ってきたってことは、リアルじゃ5分くらいしかかかってないのだ。
「ご、ごめんなさい! ちょっと色々あって」
「いえいえ、大丈夫っすよ!」
「そ、そう? そう言ってもらえるとうれしいわ」
むしろ、楽しませてもらってます。
「アリッサ、大丈夫なのか?」
「ちょっと興奮しすぎただけだから。うみゃーって叫びながら起きたら、お母さんにうるさいって怒られたわ!」
「そ、そうか。何なら、他の者に代わってもいいんじゃぞ?」
「こんなヤバイネタ、私以外の誰が担当できるっていうのよ! ともかく、もう大丈夫よ。バイタルチェッカー切ってきたから」
「おいおい」
なんかルインとコソコソ相談してるけど、情報料の相談だろうか?
「こほん。これ以上はさすがに騒ぎが大きくなり過ぎるし、一度うちの店舗に行きましょうか?」
「え? あ、はい」
アリッサさんにつられて周囲を見ると、さらに人が増えているようだった。結構時間たってるしな。
でも、どうやって移動するんだ? 転移するためのアイテムなんか、まだ発見されてないし。人ごみを掻き分けて移動するの?
そう思ってたら、ルインがウィンドウを立ち上げて、何やら操作している。
「それでは、移動するぞ?」
「お願い」
「え? え?」
「ヒム?」
意味が解らず俺たちがまごまごしていると、急に周囲の景色が変わった。それまではルインの露店の前だったのに、今は見覚えのあるお店の中だ。
早耳猫の店舗だった。
「転移したのか?」
「あら? 知らない? 同じ都市内であれば、同一クランの建物や店舗間を移動可能にするアイテムがあるのよ? 1パーティまでゲストで招けるから、結構便利なの」
「へー」
クラン用の移動短縮機能ってことか。便利だけど、俺には使えないっぽいな。まあ、転移ポータルで事足りるし。
「さ、人が集まってくる前に、さっさと情報の整理をしちゃいましょ」
「そ、そうっすね」
その後、ログなどを提示して情報毎に質問に答え、情報料が決定した。なんと、現金での支払いが1億9000万。目録払いが1億1000万となったのだ。
有用な新ジョブに、新スキル。新しいダンジョンやモンスターの情報まで含まれているので、これくらいは当然であるという。
しかも、新情報までタダでもらえてしまった。なんと、始まりの町の中で、神精台の設置された店が発見されたらしい。
その中で俺に関係ありそうな、錬金、鍛冶、調薬のお店を教えてもらえた。ある程度のスキルレベルと、NPCからの評判の高さがないと発見できない仕様であるようだ。
どこも腕利きの生産職NPCが営んでおり、初心者用の道具などは一切置かれていないらしい。
「さて、これからどうしよう。とりあえず、教えてもらった上級専門店に行ってみるか」
「ヒム!」
「うん? ああ、魔工系の専門店探しか?」
「ヒム」
ヒムカは専門店があると確信しているらしい。これまでも生産スキルにはそれぞれ専門店があったし、魔工も必ずあるだろう。
「じゃあ、ちょっと歩いてみよう」
「ヒムー!」
神精台があるお店を巡りながら、魔工の店を探すのだ。
そうして歩くと、まずは錬金術の店へと辿り着く。路地裏にひっそりと佇む、いかにもなお店だ。
中に入ると、怪しげな道具が所狭しと置かれた、まさに錬金術の店って感じだった。それに、情報通りに神精台が設置されている。
「おや? いらっしゃい」
「どうも」
「ひっひっひ。何をお求めで?」
カウンターにいたのは、腰が曲がった鷲鼻のお婆さんだ。錬金術師っていうか、魔女?
「ヒ、ヒム」
「どうしたヒムカ?」
「ヒム!」
ヒムカが急に、俺の後ろに隠れたぞ?
そんな、「シッ!」ってジェスチャーされても。今更隠れたって、お婆さんには見つかってると思うぞ?
どうやら、お婆さんが怖いらしい。まあ、分からなくもないが、失礼な態度とるんじゃないよ。怒られたらどうするんだ。
「錬金系のレシピってあります?」
「いくつかあるよ。お前さんなら売ってやってもいいだろう」
「ありがとうございます。それと、神精台にお祈りをしても?」
「おうおう。良い心がけじゃな!」
ということで、神精台の前に移動した。そこに描かれているのは、とんがり帽子にローブ、杖を掲げた魔女のような姿の女性だ。
「魔導神様さ。錬金術には魔法の力も重要だからねぇ」
「なるほど」
お婆さんの説明を聞きながら俺は頭を下げ、パンパンと柏手を打つ。
よし、光った! これで、試練は追加されてるかな? ああ、大地母神の試練にもまだ行ってなかったな。
始まりの町なのに、まだまだやることがいっぱいだぁ!
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火霊の試練に挑戦中のユート一行のわちゃわちゃが読めますよ!




