700話 樹呪術と闇呪術
三連豚に勝利した俺たちは、休憩しつつリックのステータスを確認していた。
「メッチャHPとMPが減ってるな」
「キュ」
どちらも残り2割ほどだ。
樹呪術を発動後は被弾していないことを考えると、呪術の使用でこうなってしまったと考えるのが順当だろう。
「発動時に、HPとMPを必要とするのか?」
「キュ」
違う?
「じゃあ、MPの消費は?」
「キュ」
「ある? だったらHPはどうして減ってるんだ?」
「キキュ!」
リックが、その場で滑って転ぶようなジェスチャーをした。それを何度か繰り返している。
「滑る? 滑ってダメージを食らった?」
「キュ!」
「でもお前、滑ってなんかなかったよな?」
「キュー」
「残念そうな顔しないで! えーっと、ちょっと待てよ? ともかく、発動後に何らかの理由でダメージを食らった。それは、滑って受けたダメージだ。滑る? わからん」
「キキュー」
「ヤレヤレってすんな! 滑る、滑る……あ! スリップダメージ! もしかして、あの樹呪術を使ってる間、スリップダメージを食らい続けるってことか?」
「キッキュ!」
正解か。
しかし、結構ダメージがデカいっぽいな。それほど長い間発動していたわけじゃないのに、最大HPの三割くらいのダメージを受けているのだ。1秒2点か、それより少し多いくらい?
発動時のHPが少なすぎると、相手を追い込む前にリックが死に戻るかもしれん。
それがなくても、相手を倒しきれなかったら確実にリックが戦線離脱する。覚醒スキルなどと同じで、奥の手と考えておかないといけないだろうな。
そもそも、樹呪術――戦闘で使う際は、『召樹の呪』というらしいが――には、クールタイムが存在しているのだ。1時間に1度しか使用できないらしい。連続使用は最初から無理だった。
「あと、敵からMPを吸い取ってるはずなんだが、リックに還元されないのか?」
「キュー? キュ!」
「ほう。されてるのか。ああ、それで、MPが今の状態? だとすると、初期は0とかか?」
ログなどを確認しつつ、推測を重ねる。
結果として導き出された発動条件は、HPとMPの半減状態だった。そこで、残りMPを全て使い、発動するらしい。
その後、木の根が召喚されている間は、HPが減り続け、代わりに相手からMPを吸収できる。
もしかしたら、最初に消費したMPによって何か違いがあるのかもしれないが、それはよく解らなかった。
まあ、使用条件は判ったんだし、それで良しとしておこう。リックにわざとダメージを食らってもらうのも、なんか気が引けるし。1時間もあったら、HPがかなり回復しちゃうからね。
「樹呪術って、他に使える場面あるんかね? というか、リリスの闇呪術も、戦闘で使えるのか?」
「キュ?」
他の呪術については分からないらしい。これは検証してみなければなるまい。俺はリリスを召喚し、戦闘中やフィールドで使える呪術がないか調べることにした。
「フィールドで使える闇呪術は、今までと変わらないか?」
「デビ」
これまで判明しているのは4種類だけなんだが、同じものしか今は使えないらしい。やはり、リックと同じか?
でも、HP半減させないといけないんだよな。まあ、リリスの場合は何とかなるか?
「リリス。戦闘中は一番強い魔術を使いまくれ。できるか?」
「デビ!」
現在のリリスが使える闇魔術で最も強いのは、闇の光線を放つ術だった。威力も射程もかなりのものなんだが、デメリットもある。それが、使用するのにMPだけではなく、HPの消費も必要ということだった。
1発撃つのに、HPを10も消費するのだ。リリスの場合、7発撃てばHPもMPも半減するだろう。
わざと敵の攻撃を食らえなんて指示はしたくないから、この術があってよかったぜ。
「デビ! デビ!」
「よーし、その調子だ!」
「デビビー!」
玩具のような三又の槍を振り回しながら、光線を放ちまくるリリス。いつもは様子を見ながら、ここぞという時にしか使えない術だからね。楽しいんだろう。
「よーし! HPもMPも半減したな!」
敵を倒した攻撃で条件を満たしたので、俺たちは新しいモンスターを探した。そして、開幕で闇呪術をぶっ放すのだ。
「リリス! 闇呪術はどうだ!」
「デビ?」
「あれ?」
リリスはグルグルお目々でこちらを見つめながら、小首をかしげている。いや、リリスは首がそんなに曲がらないから、体ごと斜めっているな。ただ、呪術が使えないことは間違いないらしい。
HPMPの半減だけが条件じゃなかったのか?
ハンマーピッグをオルトたちに押し止めてもらいながら、リリスの条件を探る。さらに闇魔術でHPとMPを減らしてもらったが、やはり使用できなかった。
最終手段としてあえてハンマーピッグの攻撃を受けてもらったりもしたが、やはり発動条件は満たせない。
どうしたものかと悩んでいたら、その時は不意に訪れた。
「デービー!」
「え? 急に?」
リリスが闇呪術を発動させたのだ。全く何もしてないタイミングだったのに?
ともかく、使用できるなら使ってみよう。
「リリス! 闇呪術発動だ!」
「デビビー!」
玩具の槍で天を突くような動きをしながら、可愛い叫び声をあげるリリス。
フィールドに赤黒い光を放つ禍々しい魔法陣が描き出され、そこから黒い光が溢れ出した。周辺を包み込んだ闇によって、視界が完全に奪われる。
いや、すぐに変化があったな。敵はどうやらこちらが見えていない。だが、不思議と俺たちからは相手や仲間、周囲の地形が見えていた。輪郭が透けて見える感じだ。
ダメージはないものの、相手の視覚を完全に封じてくれる術であるようだった。
「よーし! 総攻撃だ!」
「デービー!」




