697話 樹霊リスの強さ
水臨大樹の試練に突入した俺たちは、最初の部屋でモンスターを発見していた。
敵はリス。しかもリックと同じ、灰色の樹霊リスであった。
曲がり角から一度頭を引っ込めて、作戦を練る。
「樹霊リスだ。メッチャ素早いぞ!」
「キュ!」
「お前がドヤ顔せんでいいから。それに、遠近どっちの攻撃力も高い」
「キッキュ」
「はいはい。凄いな」
リックがスタンスタンとステップを踏みながら、シュッシュッとシャドーボクシングをしてみせる。強いぞと言いたいんだろう。
カルロはだらしない顔で見ているな。
「と、ともかく。気を付けて戦うぞ」
「――!」
「ヤー!」
「キッキュ!」
モンスたちがそれぞれ気合を入れているが、特にリックがやる気である。同族相手に負けられないのだろう。
「それじゃあ、突入だ!」
「あ! まってください!」
だが、飛び出そうとした俺たちを、カルロが止めていた。急停止して、ガクンとなっちゃったよ。
「どうかお待ちをっ!」
「ど、どうしたカルロ?」
メッチャ焦った顔をしている。な、何か異常事態なのか?
思わず周囲を見回すが、特に何かがあるわけでもない。
「あのリスさん、僕にテイムさせてください!」
「え? ああ、そういうこと」
カルロは樹霊リスをテイムしたかったようだ。考えてみればレアなモンスターだし、当然だろう。
「素材などが気になるとは思いますが、何卒! ここは何卒ぉぉぉ!」
「お、おう」
土下座すんな! 人に見られる恐れはないけど、なんかこっちが悪いことした気になるから!
「いいんですか? 本当にいいんですかっ!」
「いい! いいから! 近い!」
俺が頷くと、凄まじい勢いで跳ね起きたカルロがテンション高めに高笑いをした。
「ふはははは! ずっと白銀さんちのリス君が羨ましかったのですよ! さあみんな! 新しいお友達をお迎えするために頑張るぞ!」
「キー!」
「チュ!」
「ウサー!」
ウオォーと拳を突き上げるカルロに合わせて、モンスたちも同じポーズをしている。早耳猫の人たちって、こういうの好きだよね。というか、うちの子たちも同じことやってるな。
「最初は様子見で軽く仕掛けましょう。普通に攻撃して倒しちゃったら最悪ですし」
「だな」
樹霊リスはこの後もドンドン出てくるとは思うけど、奇跡的に一番最初にレアモンスターが出現してしまったという可能性もある。倒してしまって、二度と出現しませんでしたというのが最悪なのだ。
「それじゃあ、まずはブルース頼む。超音波で怯ませるんだ!」
「キ!」
コウモリのブルースを先頭に、俺たちは曲がり角から飛び出し、最初の部屋へと突入した。
「キュ!」
樹霊リスはこちらを発見すると、尻尾を逆立てて威嚇してくる。だが、既に攻撃態勢に入っているこちらの方が早かった。
「キッキー!」
ブルースが甲高い声とともに超音波を放つ。威力は低い代わりに命中率が高く、確率で相手の動きを阻害できる技だ。
輪っかが連なるようなエフェクトの超音波がリスに当たると、一瞬動きを止めていた。軽く頭を振っていることからも、上手く足止め効果が発揮されたのが分かる。
ただ、問題はダメージだ。
「メッチャ減ったぞ!」
「た、倒しちゃいます!」
「仕方ない。モンスには攻撃させないで、俺の手加減で減らそう!」
「お願いしまっす!」
俺の手加減スキルなら、魔術にも効果が乗るからね! 一気にHPを削って、カルロのテイムにつなげてやるぜ!
そう思ってたんだけど――。
「当たんねー!」
「白銀さん! そっち行きましたよ!」
「手加減! ウォーターボール! くそ! はずれた!」
リスが超速いうえに小さいせいで、攻撃が全く当たらない。放つ魔術放つ魔術、全部躱されるのだ。
「キッキュー!」
「うぎゃー!」
前歯で齧られた! ダメージがすごいんだけど!
リックと同じように、超前歯撃のスキルを所持しているんだろう。
「前歯を使ってくるなら……」
「キキュー!」
「木実弾もかー!」
青どんぐりを使う最低威力の攻撃なのだが、速過ぎて全く回避できる気がしない。しかも、壁を使った立体機動で死角を取って、より回避しづらいタイミングを狙っているのだ。
「か、回復を!」
「今行きます!」
カルロが回復アイテムを使ってくれたおかげで、何とか窮地は脱した。だが、このまま戦っていても、また同じことになるのではなかろうか?
「温存とか言ってられん! 範囲魔術で一気に削るぞ!」
「分かりました!」
速攻でこの戦闘を終わらせてやる。
だが、樹霊リスの強さは、こちらの想定をはるかに超えていた。俺が範囲魔術の詠唱を始めた、その時だ。
「キキュー!」
「え? え?」
なんでだ! 自動で行われていた詠唱が途中で止まって、魔法陣も消えてしまったぞ! 樹霊リスが何かしたのは間違いないが……。
「精神魔術か!」
リックも似たようなことをやっているが、自分が食らうと最悪だな!
再度詠唱しても、同じように詠唱を妨害されてしまう。
攻めても決め手に欠ける展開が3分ほど続いただろうか? 突如、樹霊リスが俺たちから距離を取った。
「なんだ?」
「キッキュー!」
両手を前にバッと突き出し、まるで大魔術でも放とうとしているかのようだ。このポーズには見覚えがある。リックが樹呪術を使う時のポーズにそっくりだった。
そして、部屋に巨大な魔法陣が描き出される。
「な、なにが――」




