695話 樹上のピクニック
ダンジョンに突入する前に、レッツおやつタイムだ。
幅が1メートルを超えているような巨大な枝に並んで腰かけ、皆でパンを齧る。
「いやー、めちゃ美味しいですね!」
「だろ? 神精台があったパン屋さんで買ったんだよ。それはクルミパンかな?」
「神精台ですか……。腕のいい職人の証って話ですし、一種の優良店の目印になるかもしれませんね」
「あー、なるほど」
神精台があれば中級以上。なければ駆け出し。そんな見分け方もできるかもしれない。
「クルミの食感と香ばしさがパーフェクトです」
「キュ!」
「なんでお前がドヤ顔?」
「キキュ」
そんな「ふふん」って感じでニヤリとされても。多分、自分の大好物のクルミパンが褒められて、嬉しいんだろうが……。
「ヤヤー!」
「ファウはもっとこっち来なさい!」
ファウは自分用の小さいティーカップを片手に、楽し気に飛び回っている。ピクニック的な雰囲気と、高い場所からの景色にテンション上がっているんだろう。
でも、ファウがそこでお茶溢したら、下にいる人にかかっちゃうかもしれんから! 最悪、幹を登っている人の頭に熱々のお茶がぶっかけられて、落下しちゃって大惨事になるかもしれないから!
「でも、テンション上がっちゃう気持ちは分かるけどな」
「ですよねぇ」
水臨大樹の上から町を見下ろしていると、まるでジオラマのようだ。高い建物がない西洋風の町を、どこまでも見渡せる。
東京タワーの展望台から見た東京ともまた違う、西洋風の家が建ち並ぶメルヘンさがたまらないのだ。
「リアルじゃ絶対に体験できないよな」
「この高さと町はともかく、モンスターはいませんからねぇ」
「キ?」
カルロの横に器用に座って、ハーブティーをチビチビ飲んでいるコウモリが主人を見上げ「なーに?」とでも言いたげに首を傾げる。
「なんでもないよ」
「キキー!」
頭をコショコショと撫でられて、コウモリは嬉しそうに目を細めて鳴いた。
カルロはコウモリ系のモンスを3体もテイムしているらしいが、この子は最初期からの相棒、ブルースだ。カルロと共に日々人々を驚かせる悪戯コウモリだが、こうやってみると可愛いよね。
少しデフォルメされていることもあり、かなり愛らしいのである。カルロがコウモリをテイムしたくなるのも分かるのだ。
いずれ巨大なコウモリをたくさん揃えて、鬼太郎のカラス方式で空を飛ぶのが夢らしい。面白そうな夢だ。成功したら、俺も乗せて欲しいものである。
「それにしても、このパン本当に美味しいですね。甘いのはそれほど好きじゃないのに、無限に入りそうです。こっちのアンパンとか最高ですよ」
まあ、ゲームの中だから本当に無限に食べられるんだけどさ。カルロが言いたいのはそういうことじゃないだろう。
「こんなおいしいパン、本当にお金払わなくていいんですか?」
「別に高いもんじゃないし、ダンジョンでは頼りにさせてもらうからな!」
「それはもちろん、頑張りますよ。なあみんな!」
「キー!」
「チュー!」
「ウサ!」
カルロのモンスたちも、やる気満々で頷いている。自分の体くらい大きなパンも、すでに彼らのお腹の中だ。やる気が上がったようで良かった。
「あのパン超美味そう……」
「インベントリに入れておけば焼き立てホカホカだしな」
「白銀さんが食べてるんだから、ただのパンじゃないに違いない!」
「に、匂いの暴力が……!」
ここでもすっごい見られてるんだけど、今回は仕方ないよね。場違いな場所で、おいしそうなパンの匂いを撒き散らしてるし。
「お茶も飲んだし、そろそろいくか」
「そうですね。あ、でも、モンスの入れ替えどうしますか? サクラちゃん連れて行った方がいいですよね?」
「え、ああ、そう言えばそうか」
ダンジョンって事ばかり考えたけど、ここは水臨大樹だもんなぁ。サクラを連れてたら、何かイベントが発生する可能性はあるか?
神精台の設置対象が、サクラの本体でもあるわけだし。完全に失念してた。
「……オルト、すまん!」
「ムー? ムム?」
「あとで好きなパン食べさせてやるから!」
「ムー……ムム!」
オルトが指を3本立てる。3つ食わせろというのだろう。この食いしん坊さんめ!
「分かった。3つ好きなのを選ぶといい」
「ム!」
オルトは仕方がないとでも言いたげに腕を組むと、肩をすくめて首を左右に振った。多分ドリモの真似してるんだろうけど、君にハードボイルドは似合わんよ。
「じゃ、サクラ召喚でオルト送還ね」
「ム!」
「――♪」
「サクラ、よろしくな。ここは水臨大樹の上の方だけど、どうだ?」
「――!」
手を胸の前でギュッと握り締め、大きく頷くサクラ。頑張るといいたいようだが、水臨大樹については特に感想はないっぽい。
「パッと見、変化はないかな?」
「ですねー。何かイベントが起きてもおかしくないと思ってたんですけど。まあ、中に入ったら、そっちでイベントがあるかもしれませんから」
「だな」
「じゃあ、行きましょう」
俺たちはモンスと一緒に、水臨大樹の洞へと向かった。広い部屋のようになっている洞の中心には、渦のような白い光が出現している。
ダンジョンの中に入るには、白い渦に触ればいいって話だったな。
「とりあえず、入れるかどうかなんだけど……」
俺が出現させたとか言われてるのに、俺が入れないなんてことないよね?




