690話 神様パン
「神精台なら、うちにあるよ?」
「え?」
「いや、だから、神精台ならうちにあるよ。ほら、そこだよ」
「ええ?」
パン屋のお爺さんが指さす方を見る。販売所と工房を繋ぐ、三方枠の横だ。まるで壁掛け時計のような何かが、壁に掛けられていた。
エナメルのような光沢のある、お皿状のプレートだ。多分、木製のプレートの表面に、光沢の出る塗料で絵を描いているんだろう。え? これの事? 台じゃないの?
「近くで見ていいですか?」
「いいよ。ぜひ手を合わせて行って」
「は、はい」
そのプレートには、よく見ると白いドレスを着た女性の絵が描かれていた。山と森を背景にして笑っている。水臨大樹の精霊様ではない。
とりあえずこれで間違いなさそうなので、目を瞑りながらプレートに向かってパンパンと手を打ち合わせてみる。すると、俺の体から溢れ出た光が、プレートに流れ込んでいった。
同時に、奥にある工房の一角が光り輝く。畑の水臨樹がお祈りによって輝く時と、非常によく似た光だ。
同じ現象が起きているんだろう。
「お、おお! すごいな!」
「もしかして、神精台がある場所は初めてかい?」
「自分のとこ以外だとそうですね。この光って、何が起きてるんでしょうか?」
「ふむ……君なら教えてもいいかな」
お、パンをたくさん買ったかいがあったかな?
「神精台は、自分の信仰する神様や精霊様に、お祈りの力を捧げるための装置だ」
「神様や精霊様? それじゃあ、これは神様の絵なんですか?」
「うむ。大地の母神様だね。大地の恵みを司っておられる」
「なるほど。大地の母神様」
言われてみると、プレートの女性は非常に優し気で、大地の母神と言われると納得の外見だ。
「他にはどんな神様や精霊様が?」
「それは自分で捜した方がいい。神様のことが書かれた書物なんかもあるらしいよ」
図書館的な施設や、本屋なんかがあるのだろうか?
「まあ、この辺で有名なのは水臨大樹の精霊様かな? 君も知ってるだろ? この頃は信仰の力が増し、そのお力を取り戻しておられると聞いているよ」
うちの畑で、大量のプレイヤーによるお祈りが行われたからだろうか?
「お祀りする神様によって、ご利益は違うんですかね?」
「それは当然さ。神様にも、得意なこと、苦手なことがあるからね。ただ、職によっては祝福を得ることができない神様もいるから、どんな神様でもお祀りできるってわけじゃない」
まあ、石工が食の神様をお祀りしてもあまり意味ないだろうしな。
「皆が神精台にお祈りをすれば、それだけその神様や精霊様がパワーアップするってことですか?」
「その通りだよ。多くの祈りを捧げれば神々が喜び、力を取り戻す。そして、我らにもその力を分けてくださるというわけだね」
このお店の場合、長年お祈りを続けてきたことで、工房が祝福されたのだという。ごく稀ではあるが、素晴らしい出来のパンが生み出されることがあるらしい。
「そのパンはとびきり美味いだけじゃない。なんというか、職人としての腕前を成長させてくれるのさ」
ゲーム的に言えば、この工房で生産を行うとランダムで特殊かつ上質なパンを生み出せる場合があり、その際に経験値が多く貰えるってことかね?
もしかして、神精台っていうのは生産職が経験値を得るためのシステムか? 戦闘の方が経験値効率がいい分、どうしても戦闘職と生産職はレベル差が生まれやすい。
その格差への対策が、神精台なのではなかろうか?
ただ、捧げられた経験値が直接与えられるのではなく、それによって神や精霊がパワーアップし、工房などが見返りに強化されるというのはなんでだろうな? いや、生産職が作ったアイテムが戦闘職にも還元されれば、両者が得できるってことか?
「その特殊なパンというのは?」
「おお、君は祈ってくれたから、1つ売ってあげようかね。ほっぺが落ちちゃうくらい美味しいからね」
一見さんお断りというか、お祈りしてない人お断りだったか。
「これだよ」
「な、なんというか、いいネーミングですね」
「だろう?」
名称:神様パン
レア度:5 品質:★9
効果:満腹度を29%回復させる。2時間、HP自動回復効果・中。
なんと、HPの自動回復効果があるパンだった! 一見すると、今まであった自動回復系の食事と変わらないように見える。
だが、あれは元々プレイヤーに備わっている自動回復効果を、少しだけ高めるだけだった。しかし、こちらは回復魔術をかけるような大幅な回復が継続して見込める。
段違いの有用性であった。値段は5万とかなりお高いが、安いくらいだ。
そんなことよりも気になるのが、その味である。腕のいい職人であるお爺さんが、ほっぺ落ち級の味だと豪語しているのだ。どれだけ美味いというのだろうか?
でも、この有能な効果のパンを、普通に食べてしまうのは……。ああ、でも!
「キュー?」
「クマー」
「どうした?」
「フマ!」
「フム」
モンスたちが近寄ってきて、何やら訴えている。どうやら、店内のイートインスペースにいきたいようだ。
「もしかして買ったパンを食べたいのか?」
「ペペン!」
「ニュー!」
ここのパン屋さん、甘いのや魚入りといった、モンスも食べられるパンが存在していた。モンスたちは美味しそうなパンの匂いに我慢できず、おやつを食べたいと言っているんだろう。
「まあ、いっか。俺も食べちゃお!」
「ヤー!」
戦闘で有用ったって、俺には意味ないし! ここで味わっちゃえばいいよな!




