686話 ジェミナ
「おー! ユートさんじゃないか! 久しぶりだな!」
ギルドからの帰り道で声をかけてきた細身のおじさんは、花屋のスコップだった。チェーンクエストの切っ掛けを作ってくれたNPCでもある。
「ご活躍みたいじゃないか!」
「いやー、そんなことないですよ。でも、畑は頑張ってるつもりです」
「ムム!」
「――!」
「おー? お前らも久しぶりだな!」
人と触れ合うことが大好きなうちのモンスたちが、自らスコップに近寄っていく。すると、オルトたちの目論見通り、スコップがワシャワシャと撫でまわしてくれた。
「クマー!」
「ヤー!」
クママもファウも、ご満悦だ。
「こいつらは初めて見たな!」
「ニュー」
「デビー」
スコップとはじめましてのメルムとリリスも、撫でられることを嫌がってはいない。やっぱ、NPCは全員神の手持ちなのか?
しばしスコップとモンスたちの触れ合いを見守っていると、花屋の奥から誰かが出てきた。
「ふむ? 君は、もしかして旅人のユートさんですかね?」
「え? ええ、そうです」
「初めまして。儂はジェミナというもの」
「俺とライバの親父だ」
現れたお爺さんは、スコップたちの父親であるという。シュッとした、背が高い痩せ型のダンディさんである。髪に白いものが混じり始めたくらいの年齢だ。
「一度ユートに会いたいって言ってたんだよ。噂の畑を見たいってよ」
「そうなのです。業界で急に名前を聞くようになったユートさんの畑、とても興味があるのですよ。素晴らしい農園をお持ちだと聞いていますぞ? 是非一度見たいものだ」
業界? NPCのファーマーさんたちってこと?
「えーっと、お見せするくらいだったらいつでも歓迎しますよ」
「ほう? では、近いうちにお訪ねするとしましょう」
お世辞かと思ったら、そうじゃない感じ? でも、チェーンクエストが進みそうな感じだし、本当に歓迎します!
これも、サクラが設置した木像の効果なんだろうか? でも、水臨樹が無きゃ進まないイベントなんて、難易度高すぎるよな? 設置の条件も、お祈りできるようになる条件も、全く分かってないし。
あ、でも、人混み大丈夫なのか? まあ、NPCなんだし、そこら辺はゲーム的なあれで大丈夫か。
「じゃあ、お待ちしてますね」
「よろしくお願いいたしますぞ」
なーんて感じで、ジェミナと約束したのは確かだよ? でもさ、翌朝からいきなりくるだなんて思わないじゃん?
ログインして畑の様子を見に行ったら、もう納屋の前でモンスたちと戯れていたのだ。
畑の外は、昨日程酷い惨状ではないけど、コミケ時のビッグサイトくらいには混んでいる。この中をよく来たな。
「おはようございます。ユートさん」
「早いですねジェミナさん!」
メルムを頭の上に乗せ、両腕にリリスとアイネをぶら下げながら、ジェミナがこちらに近づいてくる。おお、背中にリックとペルカが貼り付いてるじゃないか。
それなのに、足取りは非常に軽やかだった。細身の体とは思えないほど、力持ちだ。俺が驚いているのが分かったのか、その場で回転し始める。
「ほっほっほ! どうですかなぁぁ!」
「フマー!」
「ニュニュー!」
「デビビー!」
パワフルお茶目おじいちゃんだったらしい。遊んでもらえて、モンスたちは大喜びだ。
「いやいや、素晴らしい畑と、モンスターたちですな! これは噂になるのも分かるというもの!」
「噂、ですか?」
「うむ。私は植物園を営んでいるのですが、出入りの業者や、私の親族たちが褒めていたのですぞ」
植物園とな? メチャクチャ興味があるんだが! でも、そんな施設があるだなんて、聞いたことないよな?
詳しく話を聞くと、もっと先のエリアに存在しているらしい。苗なども売っているみたいなので、ぜひ訪れてみたいな。
ジェミナと一緒に畑を見回るが、楽しんでいるのかどうかわからない。一応、頷いたりしているので、悪い評価ではないだろう。
それに、纏わり付くモンス相手にも笑顔で対応しているので、機嫌が悪いってこともないと思う。
「ほら! たかいたかーい!」
「ペペーン!」
「こちょこちょこちょー!」
「ヒヒーン!」
というか、モンスの扱い上手いな! 俺が驚いているのが伝わったのか、ジェミナがいい笑顔で疑問に答えてくれる。
「子供も孫もたくさんいますからね。小さい子たちの扱いは慣れているのですよ」
「あー、なるほど」
モンスの扱いではなく、子供をあやすのが得意ってことね。確かに、元気な子供みたいなものだもんな。
30分ほどかけて畑を一周すると、ジェミナが少し真面目な顔をした。
「今日は畑に招待してくれてありがとうございました。とてもいい物を見させてもらいましたぞ。特に、水臨樹が素晴らしい。清浄な力を感じますな」
水臨樹を見つめながら、褒めてくれる。
「すでに、神精台は設置済みのようですし、いいものを差し上げましょう」
「いいもの? それに、神精台?」
「神や精霊に、祈りの力を捧げるための祭壇や像のことですぞ。腕のいい職人や生産者の拠点には、だいたい設置してありますな。私の店にも、当然あります」
サクラが設置した、木像のことらしい。ファーマー限定じゃないとは思ってたけど、ジェミナの口ぶりからすると一定以上の腕の生産職なら似たものを置けるようだ。
「これ、君なら育てられるかもしれません」
ジェミナが、懐から皮袋を取り出して手渡してくる。中には、奇妙な種というアイテムが8つ入っていた。この作物は、ただ肥沃なだけではなく、大きな力が満ちた特別な畑でなくては育たないらしい。
「畑の性質や状態で、育ち方が大きく変わるんだ。君がどんな風に育てるのか、楽しみにしています」
ゲーム的に考えたら、プレイヤーごとに色々な作物に変化する特殊なアイテムってことなんだろう。
「途中で全て枯らしてしまった場合、スコップの店で種が売っているので買い直すといいですよ」
「わかりました」
タダなのは初回だけであるらしい。依頼が出てるわけじゃないけど、育てることでイベントが進むんだろうな。
まあ、面白そうだから、言われなくても育てるけどさ。とりあえず、色々な場所に撒いて、それぞれ育て方を変えてみようかな。
「オルト、サクラ、オレア。手伝ってくれよ」
「ムム!」
「――♪」
「トリリー!」




