621話 最終形態
サーベラスライオンとの戦闘は、一進一退であった。
こちらもそれなりにダメージを与えているが、向こうの攻撃で何人も蘇生を繰り返している。そしてついに、蘇生が間に合わずに犠牲者が出てしまった。
コクテンパーティの斥候役であったトードーと、槍士のジオである。ずっと前線を支えてくれていたのだが、サーベラスライオンの奥義で複数人が同時に死んだ時に、蘇生薬の使用が間に合わなかったのである。
全身の炎が激しく燃え盛り、一歩ごとにやつの周囲のどこかで強力な爆発が起きるという、超恐ろしい突進攻撃だった。運営の殺意が垣間見えるのだ。
さらに、うちのメンバーも実は入れ替わっている。クママが火炎弾に当たってしまい、死に戻ったのだ。だってあいつ、調子に乗ってボスに近づきすぎたのだ。慌てて戻れって言ったけど、遅かったね。
「クックマー!」
「クママー! だから出過ぎるなと言ったのにぃぃぃ!」
なんか、あまり悲しくならなかったのは、クママの普段の行いのせいだろうか? 死に際の余裕のサムズアップのせいだろうか? 今はヒムカが穴を埋めている。
ただ、クママが死に戻ったことでアシハナがブチギレて、ボスに特攻して死に戻りやがった。
「こんクソネコがぁぁぁぁぁぁ! なにしてんじゃぁぁぁぁ!」
メッチャ一人だけ突出してしまい、蘇生薬の有効範囲外だったのだ。主の俺よりも怒ってるの何でだよ! あと、どっかの方言使ってたな。
ともかく、少しずつ戦力が減ってきてしまっていることは間違いなかった。それでも、絶望している者は1人もいない。
このままいけば勝てる可能性があるからだろう。今のペースなら、全滅する前にやつのHPを削り切れるのだ。
レイドボス戦は、パーティが勝利すれば死に戻ったプレイヤーも突破した扱いで報酬がもらえるからね。誰が生き残ろうとも、最後に勝てばいいのである。
初見で突破できるとは全く思っていなかったが、蘇生薬があると難度が段違いであるらしい。やっぱ、復活アイテムは偉大だってことなんだな。
だが、希望の後には、絶望がやってくるものだ。
笑顔でボスと戦っている俺たちは、最悪の事態を目撃することとなる。
「グルオオオォォォォォ!」
「え? なんか姿が変わったな?」
「だ、第六形態ですよ!」
「まじ? そんなのあるの?」
「私も初めて見ました!」
アカリだけではなく、全員が混乱した様子で、サーベラスライオンを見つめている。なんと、このレイドボスは今まで確認されたことのなかった、残りHP1割での第六形態を持っていたのだ。
全身に纏っていた炎が消え去る。そして、その四肢が急速に赤く輝き始めていた。足に炎を集中させたらしい。
まるで、赤いブーツでも履いているかのようだ。
「長靴を四肢にはいた獅子!」
「駄洒落を言ってる場合ですか!」
スケガワのつまらん駄洒落に、ソーヤ君が突っ込んでくれたね。グッジョブだソーヤ君!
「グルル……ガアァァァァ!」
「はっや!」
「うぎゃぁぁ!」
「ああ! ムラカゲさんが!」
止まった状態から急に動いたサーベラスライオンに驚いていると、コクテンの悲鳴が聞こえた。黒尽くめの忍者が吹き飛ばされ、天井近くまでかち上げられるのが見える。死に戻ってはいないが、HPが一気にレッドゾーンだ。
回避上級者のムラカゲが逃げられないほど速いってことか! それに、隠れていても普通に見つかってしまったようだ。まあ、ムラカゲはKTKと違って、消臭スキルを持ってないからなぁ。
鼻がいいサーベラスライオン相手には、匂いを消せるKTKの方が有利だったらしい。
「ここまで速いと、陣形は意味をなさない! 皆、気を付けろ!」
気を付けろって言われても! 攻撃を当てられる気も、避けられる気もしないんだけど!
「ガアアアオォォォ!」
「ニャニャー! 来るんじゃないニャ!」
「猫は私が守る」
KTKスゲー! ニャムンちゃんを庇ってあえてターゲットになったかと思ったら、連続攻撃を回避したぞ!
いや、攻撃が掠ったか! それにニャムンちゃんも、鞭のような尻尾は回避し切れていなかったらしい。どちらもダメージを受けている。
今回のメンバーでも回避力が上位に入る2人が、回避に失敗するレベルとか……。俺なんか、狙われたらそれで最後じゃないか!
ならば、死ぬ前にやれることは全てやってしまおう。まずはアイテムだ。唐辛子爆弾を温存したままだったから、これを使いたい。
「キャロ、透明化してくれ」
「ヒン」
月魔術で姿を消す俺たち。だが、サーベラスライオンの鼻を騙すことはできないだろう。そもそも、キャロをテイムした時、リックがその鼻で発見したからな。
そこで、一計を案じる。まあ、香水を使うだけだが。香水を振りまいて一帯を強い臭いで包むことで、その中にいる俺たちの匂いを誤魔化そうという計画だ。今まではサーベラスライオンにぶつける方法で使用していたが、本来はこの使い方を想定している。
どうだろう。透明化していることは確かだし、周囲を香水の匂いが覆っているが……。
「キャロ、そのまま待機だ」
「ヒン」
香水の範囲から出る訳にはいかないので、その場でじっと機会を待つ。すると、すぐにチャンスが訪れる。
サーベラスライオンが、俺たちのすぐ前で足を止めたのだ。視線は周囲をキョロキョロと見ているが、俺たちを捉えることはない。
変な匂いに違和感を覚えているが、俺とキャロには気づいていないらしい。
その距離は15メートルほど。
俺はドキドキしながら爆竹を構えると、サーベラスライオン目がけて、思い切り投げつけた。
「てい!」
当たれー!




