616話 騎士の馬
香水を顔面に浴びたサーベラスライオンは、猫のように手で顔を擦っている。
「想定とは違うけど、効果ありか?」
「ほ、本当か?」
「うーん。多分」
「オッケーオッケー! 結果オーライってことだな!」
スケガワが何かを誤魔化すように笑いながら、サムズアップしている。こやつ、反省してないな?
だが、スケガワの安堵は、束の間のものであった。
「グルルルゥゥ!」
「あれ? 白銀さん。あのライオン、俺見てない?」
「……見てるな」
「見てるよね!」
サーベラスライオンの3つ首が全てこちらを向き、その眼が憎々しげに歪む。明らかにお怒りであった。
「ガアアアアァァァ!」
「きたぁぁぁ! 白銀さん! どうしよう!」
「どうしようって、どうすればいいんだ!」
どうやら、直接香水をぶっかけられたことで、かなりのヘイトを稼いでしまったらしい。
俺としては嗅覚を阻害し、少しでも嫌がらせになればと思ったんだが……。
サーベラスライオンが俺たち――いや、スケガワに向かって突進してきていた。2手に分かれると、スケガワの方を追っていったのだ。
「ぎゃあああぁぁ!」
「くそ! ヤバいぞ! スケガワが!」
「他人事!」
「いいから逃げろ!」
ここで、スケガワに死に戻られるわけにはいかないぞ。ただでさえ戦闘に貢献できていないのに、俺のせいで戦力を削られたら皆に顔向けできん!
「オルト! 助けるんだ!」
「ムムー!」
オルトが果敢にサーベラスライオンの進路上に飛び込む。
「ガアアァァ!」
「ムムー!」
「オ、オルトー!」
それから3分後。
「俺もスケガワも生き延びたな……」
俺たちは何とか九死に一生を得ていた。
バイデンが機転を利かせて、ヘイト上昇系の技で注意を引いてくれたのである。あれがなければスケガワは死に戻っていたかもしれん。マジで助かった。
ああ、助けに入ったオルトはどうしたって?
「ムー……」
「アレは仕方ないって。だから落ち込むなよ。な?」
「ム」
サーベラスライオンが、三つの頭で3連続の噛み付き攻撃を放つ、ちょっとした必殺技みたいなのを繰り出してきたのだ。
そのせいでオルトは大きく弾き飛ばされ、一瞬で突破されてしまっていた。死に戻らなかっただけでもさすがだと思うんだが、オルトは悔し気にしている。
「次こそはスケガワを助けてやろう」
「ムム!」
「次があったら俺が死に戻るわ!」
ともかく、もう少し考えてアイテムを使わなければ。さっきは説明する間もなくスケガワが投擲しちゃったけどさ。
独自に用意したアイテムは、あと1種類しかないけどね。
俺が作ったもう一つのアイテム。それは――爆弾だ! まあ、リキューの爆弾みたいなとんでもないやつじゃなくて、破裂して中身をばら撒く、物理的なダメージはほぼないタイプだけど。
癇癪玉とか、大型の爆竹と言った方が正しいかもしれない。
木工で作った木の筒に、暴風草の粉末などと一緒に、トウガラシを大量に詰め込んだものだ。ついでに刻印・風で、少しでも広範囲に唐辛子がばら撒かれるようにしてある。
元のアイディアは、熊撃退スプレーである。刺激物で、動物の鋭い五感を攻撃してやろうというわけだった。これでサーベラスライオンに嫌がらせをしてやるぜ!
「ム?」
「……」
隣にいるオルトが、期待に満ちた目で俺を見つめている。まるで「今度は何をやってくれるんですか?」って感じだ。
それを見て、逆に冷静になった。うん、ちょっとむきになっていたね。
俺たちから離れた場所でムラカゲを追っているサーベラスライオンが目に入ってくる。あいつ、奇襲に失敗したみたいだな。3分くらいで香水の効果が消え、嗅覚が元に戻るようだ。背後に近寄ろうとしたムラカゲが、サーベラスライオンにあっさりと発見されていた。
「KTK殿のようにはいかぬでござるかぁ!」
遠目でも、ムラカゲの必死さが伝わってくる。またあれに追いかけられたら? 今度こそ死に戻るかもしれない。
「……想定外のことが起きるかもしれないし、今は止めておこう」
「ム?」
そっと唐辛子爆弾をインベントリに仕舞った俺を見て、オルトが首をかしげている。すまんオルト。今は怖いのだ。
そうこうしている内に、ジークフリードとレーが、上手い攻略法を発見したらしい。
サーベラスライオンから15メートルほどの距離を保ちつつ、その周囲を全力で周回している。
ヘイトを稼ぐスキルで注意を引いているらしく、サーベラスライオンはジークフリードたちを狙っているようだ。
ずっと同じことを試していたようだが、ようやくヘイトを取れたらしい。
高速で飛来する火炎の弾をスレスレのところで回避しながら、挑発スキルと弓での攻撃でサーベラスライオンの的になり続ける。お陰で、他の仲間たちへの攻撃がかなり減った。
馬上での弓はかなり難しいだろうが、相手は巨体だからな。適当でも当たるようだ。
凄いのは、ジークフリードのハイヨーと、レーのハナズオウだろう。どんな時でも全く怯える様子がないのだ。
ゲームだからといって、モンスターや動物が機械的に動くことはない。うちの子たちを見ていても明らかだ。ビビることや、調子に乗って失敗することがある。
それなのに2人の騎士の馬たちは、火炎が真横を通り抜けても一切揺らがなかった。
かなりの修羅場をくぐっているに違いない。さすが、トップ騎士たちの馬だ。騎士と馬、両方そろってトップという評価なんだろうな。
出遅れテイマーの最新9巻が発売されます。
今回もアンケート回答者さんだけが読める特典SSがありますので、お楽しみに。




