606話 ヤダン
「えーっと、この先にある大きな納屋がある家がヤダンさんの家らしいですね」
池での採取を終えた俺たちは、冒険者ギルドで報告を行ったその足で、猟師のヤダンさんの家へと歩いていた。
ギルドのお姉さんに道を教えてもらっていたので、道順はバッチリだ。あっさり個人情報をバラして大丈夫なのかと思ったら、俺たちだからだという。
洞窟の先との取引が止まってしまったせいで食料の確保に不安がある中で、魚を大量に確保してきた俺たちは特別であるらしい。
「お前らのお陰だな」
「ペン!」
「フムー!」
「グゲッ!」
仲良く並んで歩く水中トリオが、池の魚を乱獲してくれたのだ。
道を教える代わりにまた魚を持って来いと約束させられたので、その内魚を納品にいかないとな。また頑張ってもらわねば。まあ、こいつらにとっては遊びみたいなものらしいから、喜んでやってくれるだろうけどね。
それに、レイドボスを倒してしまえば取引が復活して、問題なくなると思う。それよりも気になったのが、魚の名前である。
「なあ、アカリ。魚の納品依頼、全部見たか?」
「いえ、見てません。なにか気になることがありましたか?」
「ああ。納品依頼の下の方に、ビギニハゼ、ビギニスズキ、ビギニクロダイっていう名前があったんだよ」
「聞いたことがないですね」
「俺もだ」
俺はゲーム内でそれなりに釣りをしているし、アカリはアイテムコレクターだ。魚だって、発見されているものは一通り手に入れているはずだろう。
この2人が知らないってことは、未発見である可能性が高い。また、アカリにはさらに気になることがあるようだった。
「確か、ハゼもスズキもクロダイも、汽水域に棲んでるんじゃなかったですかね?」
「汽水域って、川と海の境目だっけ?」
「はい。この3種類は、汽水域で釣れる魚の代表格だった気がします」
アカリの家族に釣りが趣味の人がいるらしく、彼女も多少は知識があるという。
「以前、洞窟を通り抜けることができてた頃の依頼が残っていると考えるなら――」
「もしかして、あの洞窟を抜けた先には汽水域が、つまり海があるのか?」
「きっとそうですよ! 海には、未知の素材やアイテムがたくさんあるんでしょうねぇ!」
海か。イベント島でも海はあったが、メインフィールドでは未発見だ。本当に海があったら食材も新しいものがたくさんあるだろうし、新モンスも見つかるだろう。
いやー、夢が広がるな!
「レイドボス、絶対に倒しましょうね!」
「おう。頑張るよ。そのためにも、絶対に罠を使わせてもらわないと」
「はい!」
気合を入れ直した俺たちは、心なしか速足で目的地へと向かった。ギルドで聞いた通りの、納屋付きの一軒家が目に入る。あれで間違いないだろう。
「ごめんくださーい」
「おう! 開いてるから勝手に入んな!」
随分とオープンな性格の人物らしい。こちらが誰かも確かめない。
言われた通り中に入ると、そこでは熊獣人のおじちゃんが焼き魚をつつきながら晩酌をしていた。
明らかに西洋人系統の顔立ちのおじさんが、箸を器用に使っている姿は違和感があるな。まあ、今まで、NPCが料理を食べる姿をしっかり観察したことなんかあまりなかったし。日本の企業が作ったゲームだから、おかしくはないんだけどさ。
「うん? 誰だ?」
「俺はユート、こっちはアカリ。先日この村にやってきた旅人です」
「ああ! お前さんらが! よく来たな。歓迎するぜ! あと、その丁寧な喋り方は止めろ。対等でいいぜ?」
この村の人って、敬語嫌いの人が多いな。その厳つい外見とは裏腹に、非常にフレンドリーな人であるらしい。ニカッと笑うと、俺には酒を、アカリにはお茶を勧めてくる。
「それで何の用だい? こんな場所まで足を運んでよ?」
「実は、池の底に沈んでいた罠を発見したんだ」
「ほう? ここに出せるかい?」
「ああ」
俺は言われるがままに壊れた罠を取り出し、ヤダンに確認してもらった。
「間違いねぇ。俺の罠だ。ポリックの間抜けが落としちまってなぁ」
「俺たちは洞窟のボスに挑むつもりだ。それで、この罠を使わせてもらえないかと思って」
「なるほど! そういうことかい!」
ヤダンとしては他に使い道もないし、俺たちに貸し出すのも吝かではないという。また、直すことも可能であるらしい。
「そうさな。明日の昼までには直ると思うぜ?」
「おお!」
「ただし、対価は貰うぜ?」
「お金か?」
金ならある! だが、このゲームが一筋縄でいくはずがなかった。
「金なんざいらん」
「ですよねー」
「それよりも、美味い魚が食いたいな。魚料理を3品持ってこい。それが美味かったら貸してやる」
よかった。俺にも対応できるお題だった! というか、即座に達成可能だ。
俺はインベントリから最高品質の魚料理を取り出すと、ヤダンの前に並べた。ルフレのごはんだが、まだ他にもあるからな。
あと、アカリがちょっとしょぼんとしている。どうやら料理を作る気満々だったようだ。すまん。でも、この方が早いからさ。
「こりゃあ美味そうだ! いいのかい?」
「ああ。食べてくれ」
「いただきます! うめぇぇぇ! こりゃあうめぇぞおおぉぉぉぉぉぉ!」
お口にあったらしい。ヤダンは一回も箸を止めることなく、3分ほどで全料理を完食してしまっていた。ほれぼれする食いっぷりである。
「がっはっは! 満足だ! これほど美味い魚料理、久々に食べたぜ。これなら、今まで以上の罠に仕上げられるかもな!」
もしかして、料理の出来によって貸出の可否だけではなく、罠の品質とかにも影響が出るのか? だとしたら、最高品質のものを提供して本当によかった。
さらにヤダンが、俺の料理を褒めそやす。
「これなら洞窟のデカブツも、食いつくだろうよ!」
「デカブツって、あのボスライオンのことか?」
「そうだぜ。奴の気を引くために色々と試したんだ。そしたら、肉よりも魚。それも、焼いた方が好きみたいでよ」
「料理の方が食いつきがいいと」
「そうそう。しかも毒に耐性があるみたいで、毒を仕込んでいてもお構いなしだ。耐性をぶち抜くくらい強力な毒を仕込んだ美味い魚料理でも用意できれば、面白いことになるかもな」
これは、貴重な情報なんじゃ? 明らかに、ボス戦に有用な情報だ。もう少し村で聞き込みをしてみよう。他にも情報が出てくるかもしれない。
アカリを見ると、彼女もこちらを見て頷き返してくれる。同じことを考えていたらしい。
「じゃあ、明日にまたくるよ」
「おう! 任せとけ!」




