600話 獣人の村の洞窟
受付の鹿お姉さんの言葉に従い、獣人村の奥へと向かう。
現れたのは、直径10メートルくらいの小さな池である。この場所は、歩き回った時に確認してあった。
苔がびっしりと生えているせいか、水は透明度が低くて底が見えない。ただ、そのおかげで生き物がいそうな気配はあった。
今回は受けなかったが、魚の納品依頼があったので何かがいることは間違いないだろう。落ち着いたら、ここで釣りでもしてみよう。
ただ、今の目的地は、この先にあるという通路だ。
「えーっと……」
「ユートさん! ありましたよ!」
「おー、これは確かに近づかなきゃわからないな」
村側から探しても、大きな岩が邪魔で通路が見えなかった。あると知っていて、池を回り込んでみないと中々見つけられないだろう。
「私が先頭でいいですか?」
「ああ。あとはリリス、一緒に先頭を頼むぞ」
「デビ!」
探知能力の高いアカリと、暗闇でもよく見えるリリスは、洞窟内での行動に適しているいい組み合わせだろう。
その後ろに俺とキャロとファウ。殿がサクラとクママだ。
「あとは……妖怪召喚、幽鬼!」
「ウウウ~」
「洞窟探索なんだけど、索敵を頼むぞ」
「ウウ!」
幽鬼は暗闇でも問題なく行動できるし、物や人をすり抜けて移動できる。狭い場所でも、仲間の邪魔にならずに移動できるのだ。前後どちらから攻撃されても、即座に援護に向かえる中衛に適していた。
使える技能は、絶叫と幽撃だ。絶叫は、叫び声を聞いた敵に状態異常を与える攻撃。幽撃は、すり抜けた時にダメージを与える、ゴーストなどが使う攻撃だ。
「洞窟だから、絶叫は使えないかね? めっちゃ響くかもしれんし。まず最初に試してみるか」
「ウウ?」
耳元で金切り声を上げられたら、耳がいかれるかもしれん。確か、失聴や難聴という状態異常があったはずだ。
今までそれに掛かったことはないので、大きな音を聞いたくらいじゃならないかもしれないが、警戒するに越したことはない。
最初に実験しておく方がいいだろう。
モンスターの奇襲に警戒しながら洞窟に足を踏み入れるが、そこは特に珍しいものがある場所ではなかった。このゲーム内であればどこにでもある、普通の洞窟だ。
天井からは無数の鍾乳石が垂れ下がり、足元は湿っている。かなり歩きづらいが、戦闘不可能というほどではなく、横幅は3人が並べるくらいはあった。
道中には採取、採掘ポイントが点在し、そこで様々なアイテムがゲットできる。まあ、物珍しい素材はないが。ただ、キノコや草類は大荒原で入手できる場所は少ないので、そこはお手軽でいいだろう。
「ヤヤー!」
「お、依頼品のキノコだな」
俺のインベントリにはもうストックしてあるけど、それで即依頼達成にはしなかった。洞窟の場所を知りたかったし、依頼をこなしたら何か進展があるかもしれんからね。
ファウが見つけた採取ポイントでキノコを採っていると、アカリが警戒の声を発した。
「モンスターです!」
「ついに出たかっ!」
アカリの視線の先には、大きな蝙蝠と黒い鼠。そして、黒い闇のようなものをユラユラと立ち上らせた、バスケットボールサイズの球体が転がっていた。
ブラックバットとダークラットは分かる。あの球体が、闇虫か?
「とりあえず2体倒して、最後の1体に絶叫を試そう」
「分かりました!」
そうして戦い始めたんだが、洞窟の敵は結構強かった。大荒原よりも、レベルが高いんじゃないか?
「キキー!」
「うわっ! この!」
ブラックバット、メッチャ速いな! しかも、掠っただけで2割くらい持っていかれたぞ!
「チュチュー!」
「――!」
「デビー!」
ダークラットもかなり素早く、こちらの攻撃がクリーンヒットしないらしい。サクラの鞭を回避し、リリスの槍は前歯で受け止めている。
そして、さらに厄介なのが闇虫である。
「うわっ! 壁も走れるのかよ!」
「ギギギギー!」
「ヤー!」
「ファウッ!」
闇虫はダンゴムシ系のモンスターらしいのだが、高速回転しながら凄まじい速度で転がり、壁や天井も移動可能であった。体当たりはかなりの威力だし、闇魔術まで使ってくる。
たった3体に、完全に翻弄されていた。
アカリがいなかったら、結構危険だったかもしれない。
「てやぁぁぁ!」
「クマママー!」
「アクアボール!」
さすが前線でも戦っているだけあり、危なげなく敵に攻撃を当てている。そうして敵の足を鈍らせてくれれば、俺たちの攻撃も当たるのだ。
「ふぅぅ。なんとか蝙蝠と闇虫は倒せたか」
「残りはダークラットだけですね! あれ、試しますか?」
「そうだな。この先、使えるかどうかは重要だし。幽鬼! 絶叫だ!」
俺の言葉を聞いた幽鬼が少し嬉しそうにいそいそと前に出ると、口をカパッと開いた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアア!」
うるさっ! メッチャうるさいんだけど! 俺の状態を確認すると、難聴状態に陥っている。ただ、数秒で解ける程度のものだ。
耳を押さえていたアカリには、特に問題はおきていないし、聴力への影響はそれほど酷いものではないらしい。
「これなら、使っていけるかな?」
「そうですね。ダークラットにも麻痺が入ってますし」
絶叫は複数の状態異常それぞれに判定があるので、相手に完全な耐性がなければどれかが入るだろう。格上が多いフィールドでも、使っていけるスキルだった。
「じゃあ、先に進みましょう!」
「そ、そうだな」
正直、俺たちだけだったら逃げ帰るところだけど、アカリが一緒ならなんとかなるか。せいぜい、足手まといにならんように頑張ろう。