598話 ウェリス
突如現れた少女が、こちらにスタスタと近づいてくる。夜だというのに、その足取りはしっかりとしたものだ。夜目を持っているのかもしれない。
頭に生えているのは犬系の耳かな? 獣人であるらしい。町にいる人と違って、毛皮メインの、ワイルドな格好である。
「こんばんはー」
「こ、こんばんは」
普通に話しかけてきたな。どこかポヤポヤした様子で、迷ったという感じではない。
「えーっと、こんなところで何してるんだ? もう夜になるぞ?」
「私たちは夜でも見えるからー。むしろ、今からが絶好調タイム?」
「そ、そうなのか」
敵ではないよな? でも、こんなフィールドのど真ん中でNPCに出会ったことなんか今までないし、どう接すればいいのか分らん。
そんな風に戸惑う俺に構うことなく、少女はグイグイくる。
「私は狼のウェリス。獣人族の狩人ー」
弓を高々と掲げ、平坦な声で「ウォー」と吠えた。
「百発百中の狼狩人ウェリスは、獲物を探してたー」
狩りの途中であるらしい。あと、犬じゃなくて狼でした。
「お、俺はユートだ」
「私はアカリです」
「ユートとアカリなー。ここで何してるー?」
「私たちは妖怪を探しているんです」
「ヨーカイ? 知らないー」
「そうですか。残念」
「私もざんねんー」
アカリ、コミュ力高いな。もう普通に会話しとる。このままアカリに会話を任せようかと思ったが、ウェリスの視線がずっとこっちを向いていた。
「なー、ユートって、最近噂のあのユートかー?」
「は? 噂?」
「おー、村の爺ちゃんが言ってた。なんか、凄い旅人がいるってー」
「えぇ? お、俺のことじゃないんじゃないか?」
「でも、ユートはユートなんでしょー?」
「そ、そうだけど……。噂?」
アカリの方がどう考えても強いし、活躍もしてるだろ? ここでなんで俺?
でも今のセリフの感じ、俺がフラグ踏んで起こしたイベントっぽいよな? 俺はアカリにだけ聞こえるように、こそっと尋ねてみた。
「アカリ。このイベント、知ってるか?」
「知りません。でも、ユートさんのイベントですよ。絶対」
「噂って何だと思う? 俺なんかの何が凄いっていうんだ?」
「ユートさんくらい活躍してれば、NPCにも名前が知られてておかしくないですよ」
「うん。とても頼りになる、いい奴って聞いてるー」
ヒソヒソ話をしているつもりだったがウェリスにはしっかり聞かれていたらしい。あの狼耳は伊達じゃないってことなんだろう。
本当に活躍してるかじゃなくて、NPCからの好感度とかがトリガーか? 獣人のNPCと仲良くした覚えはないから、いまいち納得いかんけど。
悩む俺を余所に、アカリがウェリスに対して質問をしていた。
「ウェリスちゃん。今、村って言ったよね?」
「うん。言ったー」
「この辺に、村があるの?」
「そだよー」
あ! 言われてみれば、ウェリスは村のお爺さんがどうとかって言ったな! 獣人の村があるなんて話、聞いたことないぞ!
「お、俺たちがその村に行くことって、できるか?」
「いいよー」
「おお! まじか!」
「私もいいの?」
「いいよー」
ということで、ゆるいウェリスにゆるーく案内してもらい、俺たちはあっという間に村へと辿り着いていた。
「まさか、あんなところに抜け道があるとは」
「誰も気づかないはずですよ」
道自体は平坦だったが、その道は中々エキサイティングではあった。岩の表面に吸い込まれるように、ウェリスが姿を消す場面があったのだ。
岩の幻影のようなものが、洞窟の入り口を隠すように設置されていたのである。その幻影をすり抜け、その先にある短い洞窟を抜けた先に、村は存在していた。
洞窟の中の大きなホールのような場所に家が建てられており、どう考えても隠れ里的な雰囲気を醸しだしている。
こんな簡単に連れてきてもらっていい場所だったのか? 試練的なものをクリアしなくちゃいけないんじゃないの?
俺もアカリも、びくびくしながら周囲を警戒してしまったぜ。掟に反するとか言って襲い掛かってくる人がいても、おかしくなさそうだったんですもの。
だが、ウェリスはクルンと丸まった狼尻尾をフリフリしながら、鼻歌交じりに歩き続ける。
「おや、ウェリスじゃないか」
現れたのは、猫耳を頭に付けた小柄なおばあさんだった。なんだろう。意外と似合っているというか、可愛い。梅干し系お婆ちゃんに、トラジマネコミミ。悪くないだろう。
「狩りに行っていたんじゃないのかい?」
「婆ちゃん。お客さんー」
「誰だい? 旅人みたいだが」
メッチャ睨まれとる!
「ユートとアカリー」
「ほほう?」
やはり警戒されているようだったが、ウェリスが俺たちを紹介すると、すぐにその態度が和らいだ。
「旅人のユート! そうかい、あんたが」
「は、はあ。俺のこと、ご存じで?」
「直接知っているわけじゃないが、色々とご活躍なんだろう? こんな辺鄙な村にまで、名前は聞こえているよ」
「か、活躍?」
活躍とやらに全然心当たりがないせいで、褒められても全然嬉しくないというか、居心地が悪いんだけど。
まあ、獣人さんたちが何故か俺の名前を知っていて、好意を抱いてくれていることは間違いないようだ。
「お婆ちゃん、この村って俺たちが入っていいの?」
「構わんよ。別に、隠れ里ってわけじゃないからね」
「え? そうなの? あの岩の幻影は?」
「ありゃあ、魔物から村を守るためのものさね」
隠れ里というのは勘違いで、ただ見つかり難いだけの普通の村であるらしい。店とかいろいろと見て回りたいんだけど、今は重要なことがある。
「ウェリス。この村って、宿とかあるか?」
ログアウト時間が迫ってきているのだ。探索は、戻ってきてからだろう。