596話 チャガマ召喚
「あのモンスターがいいんじゃないですか?」
「ファットホーンか」
「はい!」
大荒原に入ってすぐ、俺たちはファットホーンという牛系のモンスターに遭遇していた。その名の通り、太っちょの牛である。
ホルスタインのような白黒の柄で、その体型はバランスボールのように真ん丸だ。4つの足が地面についておらず、ゴロゴロと転がりながら移動するのである。
HPや防御力は高いのだが、動きも遅く、攻撃範囲も狭いので、新しい攻撃などを試すには丁度いい相手と言えた。
倒せば、肉やミルクもゲットできるしね。
ただ、アカリが何故か浮かない顔だ。
「あの、本当にここで試しちゃってもいいんですか?」
「うん? 何がだ?」
「結構見られてますけど……」
「まあ、スキルを試すだけだし、別にいいんじゃないか?」
まだ俺しか持ってない超レアなスキルとかならともかく、浜風が妖怪召喚をする場面の動画とか上げていたはずだ。別に無理して隠す必要もないだろう。
この辺はまだ大荒原の入り口付近だから、プレイヤーの姿も多い。見られたくないなら、もっと奥へと行かないといけないのだ。
俺的には、見られてることよりも、見てる奴ら自体が気になる。
「たっくん。あの人って、白銀さんじゃなーい?」
「えー? そうかな~。あ、でも、隣の子は紅玉さんだね」
「白銀さんの顔は分からないのに、紅玉の顔は分かるの? たっくん、もしかしてあーゆー子が好みなの?」
「有名人だからだって! まみちゃんだって、白銀さんの顔は分かったじゃん?」
「違うよぉ。あんなの全然タイプじゃないってばぁ。私のタイプはたっくんみたいな人だから。きゃは♪」
「俺のタイプも、まみちゃんみたいな人だよ」
「たっくん♪」
「まみちゃん♪」
ぺっ! 仲が良ーござんすねぇ! しかも、なんか俺がフラレたみたいになってるしさっ! お、俺だってお前なんかタイプじゃねーしっ! ゲームの中でまでイチャイチャしてんじゃねーよ! どちくしょうが!
「ちっ!」
「ユートさん?」
おっと、我を忘れちまったぜ。冷静に考えたら、俺ヤバいよな。
カップルのイチャイチャ話に聞き耳立てて、勝手に怒ってる男……。リアルなら怪し過ぎて通報もんだ。いや、ゲームの中でも十分怪しい。
しかも、アカリはたっくんたちの話を聞いていなかったらしく、キョトン顔である。うむ、美少女だ。違う。そうじゃない。まだ冷静になり切れていないらしい。
というか、今気づいた。臨時とはいえ、アカリのような美少女とパーティを組めている俺、実は勝ち組なのではなかろうか?
少なくない男どもに、「ぐぬぬ」される側なのは間違いない。そうなのだ。俺は嫉妬される側の人間だったのだ! ふはははは! 悔しいかね! ゲームの中ですら女っ気のない男性諸君!
「わたしのこと、守ってね? たっくん♪」
「勿論だよ。まみちゃん♪」
「……ぐぬぬ」
「ユートさん?」
「……妖怪召喚、試そう」
「え? なんで急に、テンションが下がっちゃってるんです? 大丈夫ですか?」
「だいじょうぶだ。なんか、色々なことが虚しくなっただけだから」
「は、はあ……」
勇者たっくんを見ていたら、自分の矮小さに気づいただけである。あれこそが勝者。俺は敗者、それだけのことだったのだ。
まあ、モテない男の僻みはこれくらいにしておいて、真面目に妖怪召喚を試すとしようか。
アカリみたいな有名で強いプレイヤーに手伝ってもらえてるのは、間違いなく幸運なことだからな。時間を無駄にせず、真面目に検証しなければ。
「じゃあ、とりあえず妖怪召喚スキルを使ってみようか」
「がんばってください」
「おう!」
使うと決めたら、段々とワクワクしてきたぞ。自分の現金さに呆れちゃうね。でも、これで俺も妖怪を喚び出して、陰陽師ごっこができるようになるのだ。テンションが上がらないわけがない。
「誰を喚び出すんですか?」
「どうせなら、まだ喚んでない妖怪の方がいいよな?」
だったら、ハナミアラシかブンブクチャガマだろう。
ハナミアラシの攻撃は鞭撃と桃煙の2つである。これは、どちらも容易にその姿が想像できた。触手を使った物理攻撃と、状態異常に陥らせる煙による攻撃だろう。
でも、チャガマはどうだ?
使える能力はやはり2つで、招福と茶芸となっている。
招福は、俺が取得した招福スキルと被っているけど、効果はどうなるかね? 幸運がアップする系の能力で間違いないだろう。
ただ、茶芸ってなんだ? 熱々のお茶をかける? それとも、鉄の茶釜でぶん殴るとか?
どうも、スキルの内容が想像できない。これは、召喚してみるしかないだろう。
「召喚! ブンブクチャガマ!」
「ポコポン!」
ちゃんとチャガマが出現した! そして、すぐに消えたりもしない! 成功だ!
「チャガマ、茶芸ってやつを使ってみてくれ」
「ポコ!」
俺の指示に応えたチャガマが、その場で何やら踊り出した。まるでバレエを踊るようにつま先立ちでクルクルと回り、両手に持った柄杓の先からピューッとお茶を飛ばして、スプリンクラーのように撒き散らす。
茶芸というか、水芸?
攻撃じゃないっぽいな。何が起きるか見守っていると、俺たちの体が僅かに光るのが分かった。そして、HPが少しだけ回復する。
「ほー、ブンブクチャガマは回復能力持ちだったか!」
「ポン!」
しかも、貴重な範囲回復技だ。回復力そのものは低いが、パーティ全員を回復可能なのは素晴らしい。
回復しつつ、招福でドロップアイテムのレア度を上げることが可能ってことかね? 妖怪召喚を取得したことを少し後悔していたんだが、これは正解だったかもしれん。