591話 幽鬼戦開始
「ウウウウウァァァァ……」
「うわ、怖っ!」
「ぶ、不気味ですねぇ!」
幽鬼の掛け軸を使用すると、祠が光って俺たちの周囲の景色が一瞬で変化していた。
雪の積もった竹林にいたはずが、地面が剥き出しの広場である。隙間なく生えた竹の壁に囲まれ、脱出することはできないだろう。
河童の時と同じで、ボスフィールドに送られたのだ。
そして、その中心には、これから戦うべき相手の姿があった。
俺もアカリも、腰が引けている。なにせ、その姿が非常に恐ろしかったのだ。これも河童戦で経験しているが、掛け軸に描かれたおどろおどろしい姿のまま出現していた。
これ、フィルター掛けてたら姿が変化するのか? 子供とか、絶対に泣くと思うんだ。いや、大人でも泣くやつがいるかもな。
俺だって最初から覚悟してきたから大丈夫だけど、不意打ちだったら腰を抜かしていたかもしれない。
「か、完全に幽霊ですよ!」
「だなぁ」
ボスである幽鬼の姿は、日本画などで描かれる女性の幽霊そのままだった。
白髪交じりの長いザンバラ髪に、その隙間から覗くギョロっとした目。年齢が分からないほどに痩せ細って、皴になった白い皮膚。鳥ガラのように細く長い指の先には、伸びてヒビ割れた汚い爪だ。
白い死に装束と半透明の姿も相まって、あの世に連れ去られてしまうんじゃないかと不安になるような姿だった。
「モグモ!」
「はっ! ビビってる場合じゃなかった! とりあえず、奴から距離を取るぞ! サンキューなドリモ!」
「モグ」
やっぱ頼りになるね! さすがドリモさんやでぇ!
「みんな、麻痺耐性薬を使うんだ!」
「ヤー!」
「キキュ!」
幽鬼は様々な状態異常を付与してくるトリッキーなタイプのボスである。その中でも最も恐ろしいのが、麻痺であった。
まあ、他のも怖いんだけど、身動きできなくなる麻痺が俺たちには一番怖い。それ故、麻痺耐性を上昇させる薬を用意してきていた。
他にも、状態異常を解除する方法は集められるだけ集めてある。
「アカリ、大丈夫か?」
「はい! 前衛は任せてください!」
「後衛は任せろ。薬は大量にあるからな!」
「頼もしいです!」
「アアアアアアアアアアァ!」
様子を窺っていた幽鬼が、ついに動き出した。初手は、早耳猫の情報通り雄叫びである。フィールド全域が効果範囲で、複数の状態異常を付与してくるらしい。
「うきゃー! いきなり毒にー!」
「おっとぉ! 毒消しだ!」
「モグモ!」
「ドリモもかー!」
アカリは状態異常耐性を上昇させる装備を身に着けているはずだが、いきなり毒っていた。各状態がそれぞれ判定されるため、確率が低くてもどれかにやられてしまうのだろう。
「アア!」
雄叫びを放った幽鬼はその場を動かず、今度は配下を召喚し出した。バスケットボールサイズの、小さいゴーストだ。
「あの小さい幽霊は倒してもいいんですよね?」
「ああ。幽鬼に攻撃さえしなければ、大丈夫だ!」
友誼を結ぶためには、やはり幽鬼を攻撃してはいけないらしい。ただ、配下の小型ゴーストは倒してもいいそうなので、そこはアカリに活躍してもらうことになるだろう。
本当に、あそこでアカリに会えたのはラッキーだった。
アカリがいなければ、自分たちで対処しなければならなかったのだ。一応シミュレーションはしてきていたが、かなり賭けの要素があったことも確かである。
俺たちはフィールドの端に陣取ると、小型ゴーストたちの迎撃を開始した。
基本的には体当たりをしてくるだけなので、ダメージはさほどではない。しかし、物理無効なうえに、武器や盾をすり抜けてくる。
さらに厄介なのが、ダメージを食らった時に衝撃などのフィードバックがないことだ。気づかないうちに、HPがメチャクチャ減っているということが有り得るらしい。
実際、浜風はそれで何度も死に戻っているそうだ。
「デビー!」
「ペペーン!」
アカリと出会った頃は、物理攻撃をすり抜けてしまうゴースト相手に全滅寸前だった。だが、今ならそんなことはないのだ。
ペルカもリリスも魔術に加えて、武器に属性を付加する能力がある。そのため、小型ゴーストをバッタバッタと倒していた。
さらに大活躍なのが、リックである。
「キーキュキュー!」
精神魔術で精神系の状態異常耐性を上昇させるとともに、小型ゴーストたちには状態異常を付与していく。
リリスとともに、状態異常コンビだ。ゴーストは耐性が低いらしく、面白いように混乱や恐怖にかかっていった。
これにアカリが加われば、だいぶ有利に戦えている。ただ、想定よりはうまく戦えているが、それでもノーダメージとはいかない。
「アアアアアアアア!」
「また毒がー!」
「アカリ、こっちこい!」
「キキュー!」
「リックは出血か!」
全域に状態異常を与えてくる雄叫びが厄介過ぎる。
「薬の消費が思ったよりも早いぞ……」
やっぱ、ギリギリの戦いになるかもな。
お休み中、温かいお言葉や心配のお声をたくさんいただきました。
ありがとうございます。