588話 メイプルとの売買
「うちのレムレムくんが、オルトちゃんと戯れてるぅっ……! し、至高の光景がー!」
「メイプルさん?」
「あ! お手てとお手てを繋いで! 素晴らしいですぅ!」
「メイプルー?」
「あああ! そんな! そんな密着してしまったらぁぁ! は、はかどってしまうじゃないですかぁぁ!」
メイプルがオルトたちを見ながら、涎を垂らしてブツブツ呟いている。
ちょっとトロい感じのユルフワお姉さんかと思っていたら、ノームファンであったらしい。しかも、ちょっと行き過ぎた感じの。
あと、腐海の住人疑惑もあるな。
「でゅふふふふー」
「メイプルってば!」
「ま、まずい。アラートが! 落ち着かないと。ひっひっふー。ひっひっふー」
「それはラマーズ法だ! ベタなボケしやがって!」
「あああああああ!」
「おいメイプル! 戻ってこーい! っていうかもう、正気に戻りやがれ!」
だらしない顔のメイプルの耳元で、怒鳴る。ちょっとセクハラまがいな気もするが、普通に声をかけても戻ってこないのだからしかたがない。
「はっ! すみません。ちょっと発作が出てしまったようです。いつもアリッサちゃんとかに怒られるんですよねぇ」
「ほ、発作って……。しかも、いつも?」
いつもって言っちゃうくらいの頻度で、ああなるの? 俺が想像していた以上に、業が深かったらしい。さすが早耳猫、濃くない人材などいないってことなんだな。
なんかどっと疲れたけど、まだ帰るわけにはいかない。本題を済ませていないのだ。
「はぁぁ。売ってもらいたい情報があるんだが、いいか?」
「はいはいー、そう言えばそうでしたね。霊草について何が聞きたいです?」
「レシピが一通り知りたいな。他に使い方があればそれも」
うちは生産できる面子が揃ってるから、どんなレシピでも参考になるのだ。そうして教えてもらったのが、バフポーション、デバフポーションの作り方であった。
通常レシピではなくオリジナルレシピだったので、ゲーム内で設定されている正当なレシピにはまだ辿り着いてはいないようだ。
「これ、効果も品質も一定以上にならないので、本来のレシピには及ばないっぽいんですよねぇ」
「だから劣化バフポーションって名前が付いてるのか」
「はい」
これを改良できれば本来のレシピが開放できるかもしれないが、そのためには霊草を量産できるようにならないとな。
「他の情報は?」
「あとは、中間素材としての使い方ですね。薬だけじゃなくて、武具にも適用できるみたいですよ?」
メイプルが武器のデータを見せてくれた。作成時に、体力低下の霊草を混ぜ込んで造った鉄の剣である。
能力的にはどこにでもある鉄の剣だろう。だが、名前が『鉄の剣+』となっており、与体力低下・微の効果が付いていた。
「なるほど、これは色々応用できそうだ」
「でしょうー? うちでも研究してるから、そのうちもっと面白い情報が手に入るかもしれませんねぇ」
その次にメイプルが表示したのが、なかなか面白そうなアイテムだった。なんと、霊草のポプリと、押し花が挟まった栞である。
「ポプリ! 特殊効果付きか!」
このゲームを始めたばかりの頃――といっても、リアルではまだ2週間もたっていないが。初期の頃に、ポプリを作ろうとして失敗したことがある。
リアルで作り方を調べても上手く行かなかったので、完全に忘れていたんだが……。ちゃんと作り上げた人がいたらしい。
「なるほど、今の俺なら普通に作れるな」
「錬金のレベルさえ上げていれば、簡単ですねぇ。調合と料理スキルがあれば、さらに簡単ですよー」
ドライフラワーとエッセンシャルオイル。そして、清潔な布が素材だった。2番目のエッセンシャルオイルが初期の頃には手に入らず、諦めたのである。
ただ、錬金のアーツで抽出することを覚えた今、そう難しいことではなかった。
置物としてのポプリに加工すれば、特殊な効果はないが香りがほぼ永続。
アイテムとしてのポプリを作ると、使うとパーティに特殊な効果をもたらすバフやデバフ系のアイテムになるそうだ。因みに、使用回数を使い切るとゴミになってしまうという。
雑草を使うならそもそも匂い目的なので、効果のない置物。霊草を使うなら、それを生かしたアイテムタイプがいいのだろう。
「で、こっちの栞は随分特殊だな」
「魔本を使わない人にとっては、本当にただの栞ですねー」
魔本に挟んでいる間だけ、使用者に効果を及ぼす限定的なアクセサリーのような扱いだった。ソーヤ君であれば、大歓喜のアイテムだろう。というか、出所がソーヤ君かもしれん。
「それで、他には?」
「これだけですよー?」
「え? まじ? じゃあ、これとかは?」
俺はアイネが染色スキルで作り上げた布と、その布で作ったコサージュをメイプルに見せてみた。
「き、気にはなっていたんですよー。お胸でキラキラ輝いてますし! これ、鑑定してみても?」
「いいぞ」
「では、失礼して――ふえええええぇぇぇ? こ、これってぇ!」
「おおう。メイプルもか」
耳がキーンとなったわ! 俺は彼女が落ち付くのを待って、製造方法を伝えた。
「ち、中間素材にしてない? だから+表記がないんですね……。霊草を染色に使うなんてまだ誰も試してないはず。少なくともうちの情報にはない――」
しばらくブツブツと情報を整理している様子のメイプルだったが、すぐに顔を上げると俺を真面目な表情で見つめてきた。
「ユ、ユートさん」
「な、なんだ?」
「重要な情報の取り扱いはアリッサちゃんの領分なので。今後情報を売るときは、できるだけアリッサちゃんに直接売ってくださいー」
「え? はあ」
「絶対の絶対ですよ?」
「わ、わかったよ」
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