579話 河童戦終了
河童との戦闘が始まり10分ほど。
互いにダメージは与えず、ただひたすら俺たちが逃げる展開が続いていた。
「グゲゲェェ!」
「ブヒッヒーン!」
「いいぞハイヨー! その調子だ!」
まあ、俺たちというか、ジークフリードとハイヨーがって感じだけどね。
河童の攻撃手段は、口と皿から放つ水と、両手の鉤爪。あとは岩を投げるくらいだ。その代わり移動が非常に速く、気を抜くとすぐに接近されそうになる。
ハイヨーでなくては、今ごろ何発かは攻撃を食らう羽目になっていただろう。
それに、時々思い出したかのように俺たちにも攻撃をしてくるので、気を抜くことはできなかった。
「グゲッゲェェ!」
「うわ! ばっちぃ!」
「グゲー!」
大きく開いた河童の口から吐き出される、ちょっと泥っぽい水。見た目がメチャクチャ汚く見えるのだ。
身を屈めて、何とか回避する。
「キャロ! 逃げてくれ!」
「ヒヒン!」
キャロは川底を力強く蹴って、ジグザグに逃走する。その脇を1発2発と泥水が飛び去って行った。
「いいぞ、キャロ!」
「ヒヒーン!」
本当は透明化が使えればいいんだが、3分しか持たないからな。
それにしても、キャロがいてくれてよかった。俺だけだったら、絶対に被弾しているのだ。
俺たちへの攻撃を外した河童が、怒った様子で凄まじい勢いで跳躍した。そのままドームを突き抜けると、外へと出て行ってしまう。
これは、数分に1度行う、溜め攻撃の前兆であった。
ドーム外で大きく水を吸い込む動作を見せると、今まで以上に大きく口を開く河童。そして、無数の水球を連続で吐き出すのであった。
ドームの外であるため、こちらから邪魔することもできない。まあ、できたとしても、攻撃はしないけどさ!
迫りくる水球をなんとか回避していたんだが、やはり難易度が高すぎた。
「このまま――げぇぇ!」
「ヒン?」
ドボン!
一発食らってしまった! だって、避けたと思ったら微妙にカーブしてくるからさぁ! 後衛職には無理だって!
「やっちまったぁ!」
「デビー!」
「ペペーン!」
残念だが、仕方ない。そもそも、リリスやペルカもダメージを受けているしな。やはりあの弾幕を完全回避するだなんて、初見では無理である。
その攻撃も終わると、ついに河童が今までと違う行動を見せた。
「ゲゲゲゲゲェェェ!」
「赤いオーラ! 情報通りだ! くるぞ! キャロ、あとちょっと頑張ってくれ!」
「ヒヒーン!」
河童が怒りの形相を浮かべて、その体から赤い光を放つ。この赤い光が、特殊行動の合図なのだ。
河童が気合を入れるように両腕を眼前でクロスさせると、甲高い雄叫びと共に思い切り振り下ろす。すると、その全身から閃光が放たれていた。
「ターゲットは……ジークフリードとリックと俺か? いやキャロかもしれん! ともかく逃げろ!」
「ヒヒン!」
「キキュー!」
この攻撃の対象は、ヘイトを稼いでいたパーティメンバーが1~3人ほど選ばれる。今回は3人だった。
効果は、ホーミング性能を持った赤い球体を飛ばすというものである。
それほど速くはないんだが、追尾能力が結構高い。ゆらゆらとした軌道で追い続けてくる赤い玉は、まるで墓場に現れる火の玉のようだった。
しかもこの攻撃の恐ろしいところは、即死攻撃であるということだ。当たったら、確殺されてしまうのである。
アリッサさんは、尻子玉を抜く的な攻撃なのだろうと推測していたのだ。
キャロの透明化の能力を使ってみたが、球の追尾は終わらなかった。一度ターゲットにされてしまうと、意味がなかったらしい。
「すごいぞキャロ! その調子だ!」
「ヒヒヒーン!」
30秒近いホーミングを何とか振り切ると、赤い玉は溶けるように消えていく。
「ふー、なんとか生き残ったか」
「ヒーン」
「キキュー」
キャロが安堵したように軽く息を吐き、リックは俺の肩で額の汗を拭うポーズをしている。モンスたちも即死攻撃のターゲットにされて、かなり緊張していたんだろう。
「グゴガガガ……」
「よし、赤いオーラが消えた!」
聞いていた通りだった。
河童は力を失ったように項垂れ、フィールドの中央で立ち尽くしている。本来なら攻撃のチャンスなんだろうが、俺たちはその姿をジッと見つめ続けた。
そして、河童の様子に変化が表れる。
顔から険が取れ、穏やかな表情になったのだ。
ピッポーン。
『河童との戦闘が終了しました』
「ふいー、終わったか」
特殊な条件が達成され、戦闘終了のアナウンスが流れる。これこそ、俺が狙っていた終わりであった。
「ユート君、お疲れ様」
「いやいや、そっちの方がお疲れ様だろ。俺たちはチョロチョロと適当に逃げ回ってただけだからな」
「なら、ハイヨーを労ってあげてくれたまえ」
「そうだな。今回のMVPはハイヨーだもんな」
「ブヒン」
「後でニンジンをやるよ」
「ブヒヒーン!」
ハイヨーを撫でてやると、その愛嬌のある顔を擦りつけてくる。こういう時は、むしろこの顔が可愛いのだ。
「グゲ」
「うぉ!」
「グゲー」
河童がいつの間にか近づいてきていた。急に横にいたから、驚いちゃったよ。河童は嘴をカパカパと動かしながら、軽く手を挙げている。その態度は非常に友好的に見えた。
「ユート君。ほら、あれを」
「おっと、そうだった! これどうぞ」
「グゲゲー!」
俺が渡した赤キュウリを天高く掲げ、「獲ったどー!」とでも言っているかのようだ。確実に喜んでくれているだろう。
『河童と友誼が結ばれました。一部のスキルが開放されます』
「よし、上手く行ったぞ」
図鑑にも、河童が登録された。
「お、僕もスキルが開放されたみたいだね。『魂抜き』と『河童相撲』か。僕はあまり使わないかもね」
「まあ、騎士が即死技と相撲ってのもあれだしなぁ」
魂抜きは、小ダメージと低確率での即死。河童相撲が、そのまま相撲ベースの格闘スキルである。どちらも、水中でボーナスが付くらしいが、使いどころは難しいだろう。
ただ、今回の主目的は妖怪と出会うこと自体だし、それは大成功と言えた。河童戦でダメージを与えては、このイベントは発生しないらしい。
俺たちはダメージを食らってしまったが、与ダメージ被ダメージが完全にゼロだと、特殊報酬がもらえるそうだ。でも、俺には無理そうだよな。
浜風とか、よく検証したもんだ。さすが、浜風、妖怪の専門家だぜ。