58話 料理布教
俺は明け方にログインした。減っていたHP、MPは全回復している。
少し早めに入ったので、アカリがログインしてくるにはもう少し時間が掛かるだろう。
アカリと一緒とはいえ、戦闘が無くなる訳ではない。今の内にポーション類を用意しておきたいな。今の手持ちだと、ポーションを2つ、傷薬草を1つ作れるが、それだと心もとない。
一応、モンスター・ヒールがあるからオルト達の回復は可能なんだが、そっちにMPを割くとアクアボールを使える回数が減ってしまうからな。傷薬などがあると有り難かった。
とりあえずセーフティーゾーンから見える範囲を鑑定して、薬草類を探してみよう。
「リックも頼むぞ」
「キュ!」
リック達の手伝いもあり、なんとか薬の素材を入手できた。ただ、陽命草が1つしか入手できなかったので下級ポーションが1つしか作れないんだよな。
まあ、傷薬草は3つ入手できたので、そっちで何とか凌ごう。
セーフティーゾーンである大木の根っこに腰かけて、調合セットを取り出す。水は浄化水がある。調合自体は問題ない。
オルトたちは追いかけっこをしたりして遊んでいるな。そういえば、こんなに長時間始まりの町から離れたの初めてだ。畑は大丈夫かな?
一応、水まきなんかは昨日の内に済ませてあるが、出来るだけ早く戻って確認したいところだ。
そんな事を考えながらゴリゴリと調合をしていたら、注連縄が薄紫に輝いた。
「うお!」
危な! ビックリして調合用の器を落としそうになったぞ。1つ分しか入手していない下級ポーションの材料を無駄にするところだった。
「な、何だいったい?」
「ユートさん。おはようございます」
光が治まった時、目の前にアカリが立っていた。
どうやら他のプレイヤーがログインしてくるという合図だったらしい。考えてみたら、他のプレイヤーがログインしてくるところなんて初めて間近で見たな。
「もしかしてお待たせしちゃいましたか?」
俺が持っている調合セットを見て、遅刻したのかと思ったらしい。
「いやいや、俺が早めに来ちゃっただけだから、気にしないでくれ」
「そうですか? ならよかったです」
「今日はよろしく頼む。面倒掛けてすまんな」
「気にしないで良いですよ。尻尾を売ってもらえるんだし。それに、友人に会うために始まりの町には戻るつもりでしたから。大した手間じゃないです。むしろ、そんな条件でいいのかなーって、ちょっと申し訳なく思いましたもん」
なら良かった。
「調合中なんですか?」
「あ、もう片付けるから」
「大丈夫です。食事しながら待ってますから」
本当はアカリが来る前に終わらせるつもりだったんだが、採取にちょっと時間をかけすぎちゃったな。
「悪いな」
「いえいえ」
とっと調合を済ませちゃおう。
再びゴリゴリやっている俺の横で、アカリはインベントリから取り出した団子のような物を齧り始めた。
見たことが無いアイテムだな。鑑定して見ると、携帯団子となっている。携帯食の派生レシピか?
一見すると美味しそうなんだが、アカリの表情を見ると俺の予想が間違っていることが分かる。何というか、苦虫をかみつぶすような? そんな表情だ。
「ユートさん、どうかしました?」
おっと、気づかない内にガン見していたらしい。食事をする女の子をじっくり見る社会人。アウトじゃね?
「い、いや、その食料は初めて見たからさ!」
不自然な程に自分の声に焦りが混じっているのが分かった。やばい、変に思われてないか?
だが、俺の心配は杞憂だったらしい。アカリは得心がいったという感じでウンウンと頷いている。
「そういえば、ユートさんは第2エリアに来たばかりでしたね」
「という事は、ここ以降で手に入るのか?」
「はい。第3エリアで普通に売ってますよ」
「へえ。携帯食と何が違うんだ?」
「……食べてみたら分かります。はい、どうぞ」
「いいの?」
「はい」
良い笑顔で携帯団子を手渡してくれるアカリ。ただ、その笑顔にどこか悪戯っぽさが混じっているようだった。
貰った携帯団子を恐る恐る齧ってみる。
「……ぐっ! なんだこりゃ!」
「あはははは。引っかかりましたね!」
「携帯食と変わらないんだけど!」
味は携帯食と全く同じだった。甘さを消して苦みを大幅プラスしたカロリーバーである。ただ、こっちの方が携帯食よりもちょっとだけしっとりしてるかな?
甘みを全部取り除いたサーターアンダギーとでも言えば良いだろうか。
「携帯食よりもしっとりめで、まだマシという評価ですね。満腹度の回復量も5%だけ高いので、私はこっちを食べてます」
「レシピは?」
「第3エリアで売ってるらしいですよ。私はNPCショップで携帯団子を買ってますけど」
仕方なくといった感じだ。携帯食よりはなんぼかましって事なんだろう。
「口の中が不味い」
妙にリアルなシステムのせいで、食べ終わっても口の中に苦みが残っていた。うーん、口直ししようかな。
俺はハーブティーの茶葉を取り出して、水と共に火にかけた。ポーションが完成する頃には出来上がっているだろう。
先にクッキーを食べて苦みを消しておく。ふー、甘いぜ。そうだ、うちの子たちにも食事を上げないとな。
インベントリからそれぞれの食事を取り出して、渡していく。サクラだけは光合成だから、水を飲みつつその場で日光浴である。
俺やリックがポリポリとクッキーを齧っているのを、アカリが疑問顔で見ていた。
試しにクッキーと出来上がったハーブティーを渡してみる。
「携帯団子のお礼だ。どうぞ」
「いいんですか?」
「いいよ。安物だし」
「じゃあ、お言葉に甘えます」
アカリが戸惑いの表情でクッキーを口に運ぶ。多分、携帯食に近い物を想像してるんだろう。俺が仕返しに不味い物を食べさせようとしているとでも思っているのかもしれない。
そして、口に入れた瞬間、目を見開いて驚いていた。
齧りかけのクッキーをまじまじと見つめてから、再び口に入れる。そして、何度かウンウンと頷く。その後ハーブティーに口を付け、再度驚愕だ。
表情が豊かで、見てるだけで面白いな。というか、クッキーとハーブティーを振る舞うとみんな驚いてくれるから面白い。振る舞い甲斐があるってもんだ。
「ゆ、ユートさん! これって、始まりの町で手に入るんですか?」
「俺の手作りだ」
「ええ? これが?」
「クッキーの方は、料理スキルを持ってれば簡単に作れるぞ?」
アカリもアシハナたちと同じでクッキーの存在を知らないのか?
料理スキルの不人気さがよく分かるぜ。
実は料理スキルはあまり人気が無いらしい。まあ、携帯食などが簡単に手に入るし、βテストでも目立った成果がなかったようだしね。
このスキルにボーナスポイントを使うくらいなら魔術や戦闘系スキルを取る方がマシだ、というのが一般的な考え方なんだろう。
「もっとゲームが進んで、ボーナスポイントに余裕が出てきたら入手するプレイヤーも増えると思いますけど」
「今は不人気であると」
「はい。でも、ここまで美味しいなんて、驚きです。私も料理スキル取ろうかな」
「材料は食用草とハチミツと木の実だから、アカリだったらすぐに手に入ると思う」
「そんな安い材料でこの味?」
この驚き様。これは料理スキルをアピールするチャンスなんじゃないか? いや、別に料理スキルを広めたいと思ってるわけじゃないけど、クズスキル扱いはなんか悔しいのだ。
それに、このまま料理スキルの良さが認知されれば料理スキル持ちも増えるかもしれない。俺としては色々と美味しい物が食べてみたいし、是非そうなってほしいところなのだ。
ここは押してみよう。クッキー以外になにか料理を振る舞うのだ。
と言っても、俺が失敗せずオートで作れるのはサラダ、串焼き、スープくらいだが。
「とりあえず、浄化水、カボチャ、ニンジンでスープを作ろう」
次は串焼きなのだ。名前の通り串が必要なので、木材をサクラに渡して串にしてもらう。串は木工が最低レベルでも簡単に作れるらしい。
使う肉はモンスタードロップのネズミ肉だな。このネズミ肉は、牙ネズミや灰色リスなどが時おり落とす。リスはネズミ扱いなのかね? 謎だ。
名称:スープ・野菜
レア度:1 品質:★4
効果:満腹度を23%回復させる。HPを3%回復させる。
名称:串焼き・ネズミ肉
レア度:1 品質:★3
効果:満腹度を12%回復させる。
効果は微妙だが、問題は味だ。俺は串焼きを頬張ってみた。肉は強い弾力があり、ムギュムギュと歯を押し返してくる。
「うーん、まあまあ?」
基準が携帯食だからね。あれと比べりゃ何でも美味いんじゃないかって話だ。冷静に考えると、火を入れ過ぎてパサパサになってしまったササミの塩焼き薄塩味なんだが。
スープの方も、シンプルなうす塩味の野菜スープだった。良く言えば優しい味と言えなくもないかもしれない。そんなレベルだ。
これは失敗したか? これで料理の良さをアピールできるとは思えない。そう思ったんだが……。
アカリは凄い勢いで料理を平らげた。ずっと携帯食しか食べられなかったせいで、このくらいでもご馳走に思えるようだな。
「美味しいです!」
「そりゃあ良かった」
「こんな美味しい料理があったなんて!」
「いや、料理スキルを持ってればそれくらいは誰でも作れるから」
「これを? 料理スキル絶対取ります!」
どうやら料理スキル持ちが1人増えそうである。




