577話 紋章使用
「ハイヨー。ほら、ニンジンだ」
「ブヒン!」
ジークフリードが、愛馬にニンジンを食べさせている。ボリボリとニンジンを齧るハイヨーは、本当に幸せそうだ。
2人も乗せてきたのに、あまり疲れた様子はない。進化したおかげで、体力も増しているのだろう。
それを見て、思いつく。そうだ、キャロに疾駆の紋章を使ったら、進化するのではないだろうか?
ハイヨーと同じ馬系統のモンスターなわけだし、ムーンポニーは見習い騎士の森に生息しているのだ。疾駆の紋章とシナジーがあってもおかしくはない。
あと、泡沫の紋章だ。疾駆の紋章で馬が進化するなら、泡沫の紋章では?
カエルが進化するというが、他のモンスターに効果がある可能性はありそうだ。ペルカとかルフレとか、水繋がりで進化するんじゃないかね?
よし、とりあえずキャロに対して疾駆の紋章を使ってみよう!
「どうしたんだいユート君?」
「これだ!」
「おお、もしかして君も?」
「おう! キャロを進化させるぞ! あとちょっとで目的地だけど、これから先は悪路になるからな。パワーアップすれば、敵から逃げやすくもなる」
「どんな種族に進化するのかな? もしかしてハイヨーとお揃いに?」
期待の眼差しでキャロを見るジークフリード。確かに、ノーブルホースに進化する可能性はゼロではないだろう。
俺はドキドキと高鳴る胸を抑えながら、疾駆の紋章を使用した。
「さあ、キャロ! パワーアップだ!」
「ヒヒーン!」
疾駆の紋章が吸い込まれ、キャロが強い光を放つ。
すぐにステータスを確認すると、能力が強化されるとともに、疾駆スキルが加わっていた。よーし、ここまではハイヨーの時と同じだ!
「では進化は――あれ?」
「どうしたんだい?」
いやいや、嘘だろ? 俺は何度もキャロのステータスを確認したんだが――。
「……進化可能に、なってないな」
「そ、そうかい……」
「ああ……」
「……」
「……」
まじかよ! 確かに疾駆スキルは手に入った。ステータスも上昇した。だが、一番期待していた進化がこないとは……!
「ム、ムーンポニーは元々強いからね! し、進化する必要がないのかもね!」
「そうだな」
ジークフリードの慰めの言葉で、心が痛いぜ。ただ、進化できなかったものは仕方がない。気を取り直さねば。
「うーん」
こうなると、泡沫の紋章をどうするか迷うな。ルフレかペルカに使うつもりだったけど、進化しない可能性も出てきたし……。
でも、貴重だからって使わなければ、ずっとしまっておきそうだしな。
使ってみなけりゃ、いけるかどうかも分からないのだ。
そうだよな。ダメで元々。進化しなくったって強化はされるんだ。だったら、使ってしまってもいいかな?
問題は、どちらに使うかだ。
どちらかと言えば、ルフレの方がいいかな? 泡沫スキルがあれば、攻撃手段を得ることができるからね。
ただ、ルフレが泡沫スキルを使うことが可能かどうか、不安が残る。相手の動きの阻害がメインでダメージは低いものの、分類としては攻撃スキルなのだ。
生産特化の精霊モンスでは、ゲットできても使用不可ということがあり得た。
「だったら、ペルカが無難かな?」
「なにがだい?」
「泡沫の紋章を使おうと思ってさ」
「そ、そうかい。凄いなユート君は」
なんか、ジークフリードにドン引きされてる気がする。いや、俺もちょっとやり過ぎてる気はするんだよ?
でも、ここまで来たらもう後には引けないじゃん?
生産に使う手もあるけど、だったらモンスが強化される方がいいのだ。
ルフレは元々ユニーク個体だし、特殊な進化を狙わずとも強い。だったら、ペルカでワンチャン進化狙いしてみてもいいだろう。
「よし、次はペルカだ!」
元々、川に到着した時点でオレアとペルカを入れ替える予定だった。少し早いが、ここでチェンジしてしまおう。
川までもう少しだしね。
「ペペン?」
「よくきたなペルカ」
「ペーン!」
「おお、ペルカ君に使うのかい?」
「泡沫との相性的にな」
俺が紋章を取り出すと、ペルカがそれを見て飛び上がった。これが何なのか、分かっているらしい。
「ペーペン! ペーペン!」
「い、いい反応するな」
「踊っているねぇ」
泡沫の紋章を見たペルカが、俺たちの前でリズムよく踊り出した。楽しそうだ。
「もしかして、期待できるんじゃないか?」
「うーん、確かに」
小躍りして喜んでいるペルカの様子は、尋常ではない。明らかに、普通とは違う反応に思えた。
「よーし! 泡沫の紋章をペルカに使用だぁ!」
「ペペーン!」
さあ! こいこい! 進化だ!
なんか、ペルカの放つ光が、キャロの時よりも強い気がする! これは絶対にきてるぞ!
「おーっしゃぁぁぁ……? あれ?」
「ユ、ユート君? どうしたんだい? そんな顔して。う、嘘だよね?」
「……はは」
「乾いた笑いっ!」
ジークフリードが瞬時に理解した通り、進化できませんでした! 誰だよ、ちょっと光が強かったとか言った奴! 俺だよ!
「まじかよぉぉぉぉ!」