565話 ホームへ
即売会場を後にした俺たちは、セキショウと一緒に始まりの町を歩いていた。
あの後、クラシックやケルト民謡系の楽譜をいくつか仕入れて、俺もファウもニコニコだ。これで、演奏の幅が広がっただろう。今から食事の時間などが楽しみである。
効果のない曲ばかりだから、戦闘力は全く変わってないけどね!
「白銀さん! どうでした」
「色々な音楽が聞けて、有意義だったよ」
「そうじゃなくて、ニャムンちゃんですよ!」
あー、そっちね……。
答えづらいから、誤魔化そうとしたのに。
帰る直前、セキショウに誘われてニャムンちゃんのオンステージを見学したのだが……。
リアルは猫という設定を守るためか、歌詞が全部「ニャ」なのだ。猫耳美少女が猫パンチを繰り出しながら「ニャニャニャーニャニャーニャ」と一心不乱に歌う姿は、可愛いを通り越してちょっとシュールだった。
「えーっと。す、凄かったな?」
「でしょ? ニャムンちゃんはですね、リアルでも頑張ってるんです!」
「え? だって、猫――なんだろ?」
VRゲームの中でアイドル的人気を得て、リアルでもアイドル活動を行う人は結構いる。でも、猫っていう設定じゃ、難しくない? だって、猫なんだろ? 顔出しできないじゃないか。
俺がそんな疑問を口にすると、セキショウは嬉しそうに色々と説明してくれた。
5分弱で、ニャムンちゃんについてメチャクチャ詳しくなっちゃったよ。
ニャムンちゃんはリアルでもSNSをやっており、動画投稿などで皆を楽しませてくれているという。ゲーム内のようなアイドル活動は無理でも、癒し系動物ブロガーとして人気があるそうだ。
ゲームではアイドルとして応援して、リアルだと動物として愛でる。アリなのか……? なんか、ゴチャゴチャしてない?
そもそもリアルでは猫の設定どこいったと思ったら、飼い主が代理で書いている設定らしい。セキショウに設定って言ったら怒られそうだから、言葉は飲み込んだけどさ。
というか、ニャムンちゃん=飼い主だろう。飼い主さんがニャムンちゃんのフリを――いや、これ以上無粋なことは考えまい。
セキショウは満足そうなので、それでいいのだ。
「ちょっと疲れたけど、楽しかったよ。みんなもそうだろ?」
「ヤヤー!」
俺の言葉にモンスたちも頷く。一番喜んでいるのはファウだが、他の子たちもノリノリだ。音楽を聴いて上がったテンションが、元に戻っていないのだろう。
「デビー!」
「フマー!」
「おお、激しいな」
リリスとアイネがヘッドバンギングしながら、コマのようにクルクルと回っている。曲も流れていない状態だと、ただ変なハッスルの仕方をしているようにしか見えんな。
「ムムー!」
「クマー!」
「キキュ!」
オルトたちは、お気に入りのバンドのメロディを体で再現しているのだろうか? 手を丸めて猫のようにして――。
「って、ニャムンちゃんじゃねーか!」
こいつら、アレを気に入ってしまったのか? そりゃあ、可愛いは可愛いんだけど……。俺がオルトたちのニャンニャンポーズを微妙な顔で見つめていると、セキショウが喜びの声を上げた。
「さすが白銀さんのモンスたち! 見る目がありますね!」
「は、はは……。そ、それよりも、本当にホームにお邪魔して大丈夫なのか?」
これ以上セキショウのテンションが上がると話が長くなりそうだったので、ちょっと無理矢理話を変える。
「いきなり訪ねることになっちゃうけど」
「はい。みんなも、是非にってことなんで、遠慮しないでください」
俺たちは今、コクテンたちのパーティが使っているホームに向かっている。オークションで落札したホームの使い心地などを尋ねたら、招待してくれたのだ。
場所は、始まりの町のホームエリアの奥。俺の日本家屋と同じように、ちょっと特殊なエリアであった。
日本家屋は、日本の山に生える木々の密集した、小山のような区画に建っている。対してコクテンたちの西洋館は、丘の並んだイギリスの原野のような場所に存在していた。草地と森が半々くらいかな?
まだ西洋館は所持者が少ないらしく、丘の上にぽつんと一軒だけ建っている。うーん、特別感があって、ちょっとうらやましいな。
広い丘陵地帯を独り占めなのだ。
「オークションでも見たけど、メチャクチャ綺麗な屋敷だな」
「そうでしょう? 皆で金策をした甲斐がありましたよ」
コクテンたちのパーティでも、全員の所持金を併せて、ようやく買えたらしい。
ただ、その価値はあるだろう。
赤い薔薇の花が美しい、蔦が絡み合う生垣。門は白く優美だ。そこから庭へと足を踏み入れると、美しくも生命力に溢れたイングリッシュガーデンが広がっていた。
ただ綺麗に整えただけではなく、自然の草花を利用しているような、いい意味での雑さも感じることができる。
時期で変わるのかもしれないが、今は黄色と白の花が咲き乱れ、風が吹くたびに花びらが舞い散っていた。ゲーム的なアレで、どれだけ花びらが散っても花が消えることはないようだ。
そんな庭に敷かれた石畳の道を進むと、玄関に辿り着く。途中で潜った薔薇のアーチも見事だったが、玄関前の噴水も美しい。庭に流れる水路の起点なのだろう。
「では、どうぞ」
「お邪魔しまーす」
中に入ると、そこもまた綺麗だ。古めかしい木の床が敷かれた、瀟洒な英国風の建築物である。屋敷というほど広くはないが、一般の住宅と比べたら十分豪華だ。
「いらっしゃいませ。白銀さん」
「コクテンもいたのか」
出迎えてくれたのは、白Tに赤いジャージという、超部屋着感満載な格好のコクテンであった。
厳つい鎧姿しか見たことないから、違和感しかないな。それに、この屋敷に劇的に似合ってないな。