564話 色々な音楽があるもんだ
「さて、次はどんな曲だろうな?」
「ヤヤー!」
ちょっと音楽即売会場めぐりが楽しくなってきた俺は、ファウたちを引き連れて次のブースへと向かった。
流す音楽が混ざり合って不協和音になることを防ぐためか、露店同士は少し離れて並んでいるのだ。
直前までいたブースがアイドルっぽい、白とピンクと水色に彩られていたのに対し、次に向かったブースは黒一色だった。
まさに暗黒。黒以外の色を探す方が大変なくらいである。
流れるBGMも、さっきとはがらりと違う曲調だ。
メッセージ性強めのプログレデスメタル? 男性の野太いシャウトと、ベースとドラムの重低音が強めに響き、人によっては煩いと言われてしまうかもしれない。
演奏しているのは、鋲付き革ジャンに身を包んだ白塗りフェイスたちだ。ホッケーマスクの人もいる。絵にかいたようなデスメタルバンドだった。
だが、驚きのメンバーが、露店に齧りついて曲を聞き始めたではないか。
「リリスは分かるけど、アイネとファウもここが好きなのか?」
「デビ!」
「フマー!」
「ヤヤー!」
ヘッドバンギングするように頭を上下に揺らし始めたリリスの隣では、アイネとファウも同じ動きで髪の毛を振り乱し始めた。
リリスは悪魔だし、メタル系の楽曲が好きなのは納得できる。むしろ、他の曲が好きな方が驚きだ。
ファウも、こういった激し過ぎる曲も嫌いではないらしい。音楽に貴賎なしを地で行くのだろう。
アイドルソングの時は体を横にユラユラとさせながら手拍子していたのに、今は首が取れちゃうんじゃないかってくらいの、ヘッドバンギング祭りなのだ。小さくて人形っぽいから、余計に首が心配になるのである。
ここまでは想定の内だ。だが、うちの中でも最も幼い外見のアイネが、ここの曲を気に入るとは思ってもみなかった。
だって、バンド名が『デスゲーム』だよ? オルゴール収録楽曲は『カタル死ス』、『ぶん殴れ』、『どうせコイツも汚職する』だ。
俺は意外と嫌いじゃないんだけど、アイネのキュートなイメージとは正反対だろう。
スルーしようかとも思ったけど、うちの子たちがノリノリ過ぎて超目立ってしまったからな。これは素通りできん。
ジョーカーみたいなメイクをしている売り子の男性から、オルゴールを購入することにした。うちのモンスに気づいたようだが、何も言ってはこない。
というか「キヒヒヒヒ!」という何とも言えない哄笑を上げるだけだ。ただ、リキューと違って、その笑いには演技っぽさがある。多分、バンドコンセプト的な理由で、喋ったりできないのだろう。
哄笑だけで色々と頑張る白塗り君。なんか健気! 頑張れ、若者たちよ!
「ここはインスト曲か……」
「ヤヤ!」
「クマー!」
フォルクローレ風な、不思議な曲調の音楽が3人組によって演奏されている。アンデスに向かってコンドルが飛んでいきそうな音楽だ。ここはうちの子たち全員が気に入ったみたいだね。特に気に入った様子なのが、クママだ。そのヌイグルミハンドをポムポムと打ち合わせながら、目を輝かせて曲に耳を傾けている。
3人の内2人は、ギターと木製の縦笛なんだけど、1人全く見たことのない不思議な楽器を演奏していた。
いくつもの木の管を横に並べた、不思議な形の笛だ。左から右に行くにつれて、階段状に少しずつ管が長くなっていく。鑑定すると、サンポーニャというらしい。
自作かな? さすがに初期楽器がアレにはならんだろう。他の2人も、ギターがマンドリン、縦笛はケーナというらしかった。
バンド名が『musica』。ミュージカ? ムシカ? 多分、音楽の事だと思うけど、英語じゃないよな?
オルゴールに収録されている曲名も、『mi viaje』、『epopeya』、『cielo』となっており、生憎と1つも意味が分からなかった。
聞けばわかるんだろうが、お揃いのポンチョを着込んで全力演奏する男性陣は、妙な迫力があってなんか話しかけづらかった。
でも、うちの子たちが気に入ったし、オルゴールと楽譜は欲しい。どうしようかと思っていたら、販売は田舎の野菜売り場形式だった。
もしかして、自分たちが敬遠されがちだと分かってるのか? そう思うと、なんか切なくなってしまった。最後まで会話はできなかったけど、応援はしてるんで頑張ってください。
「で、次はコミックバンドか?」
メンバーがウサ耳などを着けてコスプレをしながら、パンクっぽい曲を演奏している。ヴォーカル・ウサ耳、ギター・キツネ耳、ドラム・クマ耳、ベース・ネコ耳、トライアングル・イヌ耳だ。
その中で、トライアングルの子が一番目立っている。一番小さい少女が一心不乱にチンチンとトライアングルを打ち鳴らす姿は、お馬鹿可愛かった。
バンド名は『モフ耳少女帯』。絶対に狙っているだろう。しかも、ふざけているのはバンド名だけではない。
曲名も、『彼女のあの低いツインテールはいったい何を訴えているのだろう?』、『ファンタジーでカオスな乙女心』、『何もないがあるサイタマかも』と、ちょっとコミカルな名前ばかりだ。
舞台演出やパフォーマンスメインの、コミックバンドかと思ったんだけど……。
「い、意外と本格的?」
「ヤー」
演奏は、トライアングルが混じっているとは思えないほど、かなり本格派に思えた。それに、曲も悪くないんじゃないか?
今歌ってる埼玉の曲も、良いことも悪いこともない平凡な日常こそ尊い的なメッセージソングだった。だから、何もない埼玉こそ神という後半はともかく、前半の歌詞は結構深い。
え? 深いよね? 俺の気のせい? ふざけた格好と曲のギャップで、よく聞こえているだけ?
しかし、うちの子たちも、このバンドの曲を気に入ったようだ。
「お前ら、ノリノリだな」
「ムム!」
「キキュ!」
「ヤヤー!」
音楽なら何でも好きなファウだけじゃなく、リックを頭に乗せたオルトが最前列で演奏を見つめている。パンクロックのビートに身をゆだね、飛び跳ねているのだ。
騒ぎすぎて、今まで以上に目立っている。
「え? し、白銀さん?」
「うっそ。マジ?」
「モノホンじゃん! すげー!」
「あ! 妖精ちゃんいるー!」
「あー、ほんとだー」
あれだけ騒いでたら、そりゃあ目立つよな。このバンドの少女たちも、俺のことを知っていたらしい。
音楽プレイヤーたちからのファウ人気が凄いね。ファンらしき人々もこっちを見ていた。
「あー、とりあえずオルゴールと楽譜貰える?」