556話 お屋敷訪問
教えてもらった場所にあったのは、確かに屋敷だった。
石造りの家屋は豪邸って感じではないが、質実剛健な雰囲気で威圧感がある。高い壁に大きな門。庭には木々が生い茂り、敷地もかなり広そうだった。
「門番さんとかはいないな……」
「ヒン」
どうすりゃいいんだ? ファンタジー世界観のこのゲーム内に、インターホンなんかないだろう。だが、取り次いでくれそうな門番などの姿もない。
どうするべきか分からぬままフラフラと門の前に近づいてみると、紐のようなものが付いたベルが備え付けられているのが見えた。
とりあえず鳴らしてみるか。
俺が紐に手を伸ばそうとすると、その前にファウが飛びつく。
「ヤヤー!」
「ちょ、あんま激しめに鳴らすなって!」
「ヤッヤー!」
「フリじゃないから! 偉い人に怒られたらどうすんだ!」
ベルの発するガランガランという音が、周囲に響き渡る。すると、すぐに屋敷の中から誰かが向かってくるのが見えた。
お、怒ってます? 怒ってませんよね?
「当家に何か御用でしょうか?」
「えっと、宿屋の娘さんの紹介できたんですが……」
現れたのは、地味な感じの使用人のおば――お姉さんだった。メイドっていうよりは、女中って言いたい感じだ。
「聞いております。こちらへどうぞ」
「は、はい」
ベルを鳴らしまくったことは怒っていないらしい。よかった。
ただ、簡単に入れたけど、いいの? 身分を調べたりは? 一応、偉い人のお屋敷なんじゃないの?
戸惑う俺を余所に、女中さんはズンズンと進んでいく。
「あの、うちのモンスターも一緒でいいんですか?」
「問題ありません。従魔は友ですから」
「そ、そうですか」
このお屋敷では人権というか、モンス権? がしっかりと認められているらしい。それは有難いんだけど、うちのチビたちがじっとしていられるか不安だな。
「お前ら、絶対に粗相をするなよ?」
「ヤ?」
「キュ?」
「いいか? さっきも言ったけど、フリじゃないからな?」
「フマー!」
「デビー!」
「なんで喜ぶんだよ! マジでフリじゃないからな! 本当なんだからな!」
あー、心配だー。
今すぐお暇したい。だが、女中さんは一切止まることなく、俺たちを屋敷の中へと案内していた。そのまま連れていかれたのは、小さな応接室のような部屋だ。
「旦那様。お客様をお連れしました」
「うむ。ご苦労だった」
そこには、すでに老齢の男性が待っていた。
老人ではあるが、背も高いしゴツイし、明らかに肉体労働を生業として生きたであろう体であった。貫禄あり過ぎて、誰が見ても偉そうな人だと分かるだろう。
ただ、その顔には優しそうな笑みが浮かんでいる。怖そうな人じゃなさそうだ。
「よくきてくれたな。儂の悩みを聞いてもらえるんじゃろ?」
「え? はい」
なんか、もう依頼を断れる雰囲気じゃない? 話を聞いたら、絶対に依頼を受けなきゃいけなさそうだった。
とりあえず話を聞くだけのつもりだったんだけど……。偉そうなお爺さんだし、ここで断って好感度が下がったら怖いんだよな。
仕方ない。こうなったら腹をくくって、依頼を受けよう。俺は内心の動揺を抑えながら、お爺さんの話を聞いた。
要約すると、老人の孫が森へと行ったまま帰ってこない。様子を見てきて欲しい。そして、困っていたら助けてやって欲しいという話であった。
どう考えても戦闘がありそうじゃね? 俺たちだけで大丈夫だろうか? いや、場所的には第5エリアの周辺なのだろうし、戦闘力的には問題ないだろう。
「森って言ってましたけど、この町の近くの森ですよね?」
「うむ。そうじゃ。普段は、一般人立ち入り禁止になっている場所じゃな。騎士になりたての者たちが修業をする場所なんじゃが、今回は特別に通行証を渡そう」
騎士の修行場って、聞いたことがあるぞ?
「もしかして、見習い騎士の森ですか?」
「おお、知っておったか。そうなんじゃ。孫は馬を得るために森へと入ったのだが、迷ってしまったようなんじゃ」
よしよし、あの森なら敵も弱いし、俺たちだけでもなんとかなるだろう。
にしても、見習い騎士の森ってまだ俺以外には知られていない場所っぽかったよな? ジークフリードも知らなかったし。あの宿に泊まった人、1人もいないなんてことあるか?
解読が仕事をしたおかげかとも思ったけど、騎士に関係しそうなイベントに、解読が必要ってのは違和感がある。
俺だけが満たしている条件って、なんだろうな? 首を捻っていると、老人が一枚の板を差し出してきた。これも見覚えがある。
「これを渡しておくぞ」
「通行証、もう持ってますけど……」
「どれ、見せてみい」
「これです」
俺がサジータに貰った通行証を見せると、老人がその通行証に自分の通行証を重ねた。すると、以前の通行証が新しいものに吸収される。
「今までは仮の通行証だったものを正式な通行証に変えた。これで、いくつかの施設を利用できるぞい」
「施設?」
「うむ。仮の入り口では気づかんだろうが、正式な入り口の横には商店があるのじゃよ。そこを使う許可が与えられておる」
以前使っていた出入り口は、正式な物じゃなかったらしい。この許可証があれば、色々できることが増えるという。
ただ、テイム制限は残ったままなので、新しくモンスを仲間にするには、キャロを手放さなくてはならないそうだ。
「それじゃあ、見習い騎士の森へ行ってみますね」
「うむ。頼んだ」
俺は老人と握手をすると、そのままお屋敷を辞した。
「お前ら、ずっと大人しくしてて偉かったぞ」
「ヒン!」
「ヤヤ!」
どうやら、お爺さんの迫力を前にして、委縮していたらしい。ずっと借りてきた猫のように大人しかったのだ。
それでも、ちゃんと大人しくしてたんだから、褒めてやらないと。頭を撫でつつ、全員に誉め言葉をかける。
「それじゃあ、みんなでお孫さんを見つけるぞー!」
「キキュー!」
「デビー!」
554話の更新時間のズレですが、単純に私の設定ミスだったようです。
混乱させて申し訳ありませんでした。
今後も更新は朝8時ですので、ご安心ください。