545話 鞍と蹄鉄
鞍の入手方法をジークフリードに尋ねたら、なんと自分の持っている鞍を譲ってくれると言い出した。
「余ってるのか?」
『鞍はいくつも作り変えているから。結構性能が変わるんだよ? でも、思い出の品を捨てるのは何となく忍びなくてねぇ』
ジークフリードは、古くなった装備を処分できずに、溜め込むタイプだったらしい。まあ、このゲームの武具は凝っているし、処分するのを勿体なく思う気持ちは理解できるが。
「思い出の品って言われると、ちょっと躊躇しちゃうんだけど?」
『はははは。思い出の品といっても、どうせ死蔵しているだけさ。使ってもらえる方が鞍だって喜ぶよ。それに、いつまでも溜め込み続けるわけにもいかないからね』
「うーん。なら、お言葉に甘えようかな。対価はどうする? お金でいいか?」
『それでいいよ。ただ、いくつか種類があるし、どれがユート君の馬に合うかは分からないからね。そちらに持っていくから、選んでくれるかい?』
「了解」
その後、ジークフリードに他の装備品についても色々と教えてもらい、この後すぐに会うこととなった。
まあ、俺はジークフリードが来てくれるのを待つだけだけどね。
庭で遊んでいると、10分も経たずにジークフリードがやってきた。想像以上に、ホームが近かったらしい。
「やあ、清々しい夜だ。絶好の遠乗り日和だね」
「そんな貴族みたいなこと言われても……」
「はははは、いずれユート君と一緒に、遠乗りできる時を楽しみにしてるよ。それで、君の馬はどんな子なのかな?」
「紹介するよ」
俺はジークフリードを連れて、庭へと向かった。いずれ、馬場みたいな場所を増築するつもりだ。
金ならある! うむ、いい言葉だ。現実じゃ絶対に言えないセリフだけどな!
「ヒン!」
「この子が、ムーンポニーのキャロだ」
「おお! 可愛らしいじゃないか! それに、見たことがない種類だ」
「ジークフリードでも知らないのか?」
「ああ、僕のハイヨーは、元々は駄馬という種族なんだ。野生では未発見の種類さ。そこから、カインドホース、ナイトホースと進化してきているね。だから、その系統以外は知らないんだよ」
ハイヨーは駄馬のユニーク個体なだけあって、特殊な進化先があったらしい。当然、他にも初期ボーナスで馬をゲットした者もいるが、そこはジークフリードの馬愛だ。
ポイントのほぼすべてをハイヨーの強化につぎ込んだジークフリードと、馬であればと妥協した他のプレイヤーたち。当然、大きな差があった。
マイナス要素を付けることでボーナスを得ることが可能だったらしく、顔が少々ぶちゃいくになってしまったようだが、ジークフリード的には問題なかったのだろう。
「うちのキャロはかなり小さいんだけど、ハイヨーの鞍は乗るかな?」
「そこはサイズ調整機能があるから問題ないよ。進化すれば大きさが変わるのは当たり前だし、それに対応してるんだ」
「そりゃそうか。急に大きくなる場合も多いしな」
他の装備品と同じだった。あまりにも巨大になり過ぎなければ、問題ないのだろう。
「あとはこの子のステータス次第になるんだけど、見せてもらえるかな?」
「ああ、これだ」
「ほうほう。面白いね」
「やっぱ、他の馬とは違うか?」
「魔術を使える馬を、そもそも初めて見たから」
基本、駄馬系統の馬は、腕力、体力、敏捷が高い、前衛系のステータスになるらしい。ハイヨーは騎乗者の回復スキルと、防御系のスキルが充実しているそうだ。
それに比べると、月魔術という未知の魔術が使えるキャロは、そのうち専用の鞍を作る方がいいっぽかった。
「進化したら、その時の能力によってカスタムした鞍を作るといい」
「覚えとくよ」
それまでは、今回ジークフリードに譲ってもらう鞍を使えばいいだろう。そもそも、職人に依頼して作ってもらった品だけあり、どれもよい性能だったのだ。
「装備できる中では、能力的には、これが一番いいかな」
ジークフリードが持ってきてくれた5つの鞍の中で、ちょうど真ん中の性能のやつだ。これより上となると、必要ステータスが不足していた。
名称:黒熊革の鞍
レア度:3 品質:★8 耐久:290
効果:防御力+22、騎乗ボーナス(小)、敏捷+5
装備条件:腕力10以上
重量:8
名称:銀の蹄鉄
レア度:4 品質:★4 耐久:330
効果:防御力+24、悪路走破ボーナス(微)、MP自動回復ボーナス(微)
重量:4
「蹄鉄までいいのか?」
「実はそれ、ハイヨーのために作った蹄鉄の失敗作なんだ。品質が低くて、事前に狙っていた能力が付かなかったんだよ」
なんと、ジークフリードは鍛冶スキルを取得しており、ハイヨーの馬具の一部は自作しているそうだ。この蹄鉄も、ジークフリードのお手製であった。
本人曰く失敗作らしいけど。
効果がもっと強力になる予定だったらしい。ただ、効果が弱い分装備条件も付かなかったし、防御力だけならそこそこになったという。
「それは今日の記念に進呈するから、ぜひ使って欲しい」
「いや、結構強いぞ? 売れると思うけど。本当に貰っちゃっていいのか?」
「売ろうにも、欲しがるプレイヤーは少ないから売れないんだ」
「ああ、そういうことか」
いくらいい装備でも、需要がなければ売れない。馬に乗っているプレイヤーが少ない以上、買い手も少ないということだった。
「そもそも、ほとんどの馬乗りプレイヤーは僕の顧客だからねぇ」
このゲームにおける蹄鉄のシェアは、ジークフリードの独占状態であるらしかった。
「鞍の代金はどうする? ここまでしてもらったし、馬を手に入れた場所の情報とかでもいいけど」
「ははは、僕にはもうハイヨーがいるから。新しい馬はいらないんだ。それよりも、さっき言ったとおりいずれ遠乗りにいこう」
ジークフリードが喜ぶ情報かと思ってたけど、ハイヨー一筋だった。考えてみれば、俺だってうちの子たちを差し置いて同じモンスを手に入れようとは思わんしな。
「お金以外なら、野菜を分けてもらえると嬉しいね」
「野菜なんかでいいのか?」
「僕も畑は持ってるけど、本職には負けるからね。ハイヨーに美味しい野菜を食べさせてやりたいじゃないか」
「いや、俺も本職ってわけじゃないけど……。まあ、オルトたちのおかげで、品質が高いことは間違いないな」
「だろ?」
結局、10000Gと野菜の詰め合わせで鞍を譲ってもらうことになった。最初はもっと支払おうとしたんだけど、ジークフリードが「中古品をこれ以上高くは売れないよ」と言って譲らなかったのだ。
その代わり、野菜を大量に詰めてやったぜ。ホームに戻って驚くがいい!