542話 謎のモフモフ
リックがじっと見つめている方向に、ゆっくりと歩を進める。チラッと振り返ると、リックはまだそっちを見たままだ。
やはり、何かがある。
「とは言え、全然分からんぞ」
ほんの微かに、気配察知に反応がある。ただ、正確な場所は全く分からないし、モンスターかどうかも分からない。
何らかの不思議現象が起きているようだ。
「うーん。リック、この辺か?」
「キュ」
「もっと奥?」
「キキュ!」
リックが、小さな右手を前に押し出すような動作をしている。多分、もっと向こうだというジェスチャーだろう。
俺は、リックに言われるがままにそのまま進んで――こけた。
「んが!」
なんだ? 何かに足が引っかかったんだが!
草原にバンザイダイブした俺は、顔面を強かに打つ。全く痛くはないけど、何が起こった?
慌てて振り返ると、草むらがちょっとおかしかった。よく見ると草が不自然に倒れ、凹んでいる。まるで、見えない重石でも置いてあるかのようだ。
いや、実際、見えない何かが置かれているんだろう。俺はそれに足を引っかけて、転んだのだ。
ジーッと目を凝らす。何も見えない。気配察知、罠察知、妖怪察知。これらのスキルを使っても、反応はなしだ。
「仕方ない」
こうなれば、直に触ってみるしかないか。俺は何かがあると思われる場所に向かって、恐る恐る手を伸ばした。
モフッ。
「うん?」
何やら、モフモフとした毛皮みたいな感触がある。透明なナニかには毛が生えていたようだ。
傍目には何もない場所で手を動かす変人にしか見えんだろうが、ここには確かに毛が生えたモフモフが存在していた。
モフモフモフモフ。
ヤバイ、気持ちよすぎて手が止まらん。短毛でサラサラの毛並みなのに、毛が柔らかいお陰でモフモフさも同時に感じられる。
「こりゃあ、なんだ?」
生物? でも、気配察知はそこになにもいないといっている。
だが、それから数秒ほど撫でまわしていると、この透明なモフモフの形が分かってきた。大きさは大型犬と同じくらいのサイズ。で、長い毛が束ねられたようなふさふさの尻尾と、折りたたまれた4つの足っぽいものがある。
さらに、首があり、頭があった。首筋にはタテガミっぽい感じの、ちょっと硬い毛が生えている。
多分、4足歩行の動物の形をしていることは間違いないだろう。
カメレオン的な能力ではなく、完全に透明になっている。そして、全然動かない。普通、隠れている生物って、居場所がバレたら動き出さないか? それとも、明らかな敵対行動をしていないから?
「うーん、どうするか……」
攻撃は最後の手段だ。
まずは友好的にいこう。
「何か、好物が分かればいいんだけどな」
肉食か草食かもわからん。そもそも、本当に何らかの生物かも分からないけどね。実はモフモフしてるだけの置物でしたってなったら、超ハズい。ま、その場合はアリッサさんへの土産話というか、笑い話になるからいいか。
俺はインベントリから、大量の食べ物を取り出し、透明モフモフの周囲に並べてみた。オバケのリンネの好物を探る際にもやった方法である。
肉料理、魚料理、野菜メインの料理、デザート、ジュース。特に反応がない。
生肉、生魚、生野菜――反応あり! 青ニンジンに反応したか? 俺は手に持った生の青ニンジンを、頭と思われる方に持って行ってみた。
やはり、ニンジンだ。モフモフがプルプルと震えているのが分かる。
そして、カリッという音とともに、青ニンジンの先端が消えた。シャクシャクという音は咀嚼音なのかな?
見えないから、音がする度に急にニンジンが削れるように見える。ただ、この勢いはよほどニンジンを気に入ったらしかった。もうニンジンのヘタの方しか残っていない。
最後の欠片を掌に載せて食べさせてやりつつ、俺は新しいニンジンを取り出した。透明モフモフはそれも凄まじい勢いで食べていく。
他に好きな物はないかと思って色々な野菜を取り出すと、橙カボチャ、キュアニンジン、ランタンカボチャは好物らしい。ランタンカボチャの炎の部分まで食った時にはちょっと驚いたね。
今までは切ってしまえば炎が消えてたから、まるで食べるということがなかったのだ。
「キキュー?」
「フマー?」
うちのモンスたちも、透明モフモフに興味を持ったらしい。俺の横に並んで、野菜が消えていく様を見守り始めた。
単純に、野菜が急に消える様子が面白いだけかもしれないが。
そうして、シャクシャクバリボリと、野菜がどんどん消えていく。
最終的には、青ニンジン、橙カボチャ、ランタンカボチャ、キュアニンジンを2つずつ平らげた謎のモフモフは、ついに新たな動きを見せていた。
「ヒヒン!」
「お? もしかして、今のって鳴き声か?」
可愛らしい嘶きが聞こえたかと思うと、目の前に変化が現れる。最初に輪郭のようなものが空間に浮かび上がり、次いで黒い毛並みが姿を現す。
ようやく姿を拝めそうだった。