509話 落札できるもの、できないもの
呪術関係は手に入らなかったが、まだチェックしているアイテムはあるのだ。それが、ホーム用BGMだった。
このゲーム、基本的にBGMはない。無音というか、自然の音がBGMというわけだ。
自分だけに聞こえるBGMを設定することは可能だが、ほとんどのプレイヤーはホーム以外ではBGMを設定していないらしい。
警戒や探知の邪魔になるからだ。
その代わり、ホームには様々なBGMが充実していた。RPGっぽいサウンドから、効果音的なものまで、無料のものだけでも100種類以上あるだろう。
その中には、お正月用やクリスマス用といった、実装が早すぎな音楽も含まれていた。
さらに、課金で手に入るものや、数少ない演奏系プレイヤーたちが販売しているものを併せると、全部で1000曲を超えているそうだ。
俺が狙っているのは、ラジオ体操や盆踊り、祭囃子などがセットになった、トラディショナルダンスミュージック詰め合わせセットという奴である。
うちの子たち、踊るのが好きなんだよね。ラジオ体操とか毎朝やってるっぽいし。こういう音楽を用意してやれば、喜ぶだろう。
ラジオ体操の音源なんかは個別で売ってるけど、このセットには普通では売っていない音楽も含まれているらしいから、狙ってみるつもりなのだ。
「目当ての出品は3つ後か」
この会場では、音楽系のアイテムなどが多く出品されているが、ここからは音源ゾーンだ。BGMや、歌入りのアルバムみたいな音源も用意されている。
今いる人たち、全員ライバルじゃないよな? また買えなかったらどうしよう……。
ドキドキしながら待っていると、会場がドーッと沸いた。どうやら、多くのプレイヤーの目当ての競りが始まったらしい。俺は自分が欲しいアイテムではなかったので、全然アナウンスを聞いてなかったぞ。
「何々? タイアップ特別アルバム?」
なんと、リアルで4日後に発売される、人気急上昇中の歌手の最新アルバムがゲームの中で先行販売されるらしい。
「えーっと、何だったっけな?」
やばい。高校生に流行っている物の名前が即出てこなくなったら、オッサンの証だ! お、俺はオッサンじゃないから、すぐに出てくるけどね!
「そ、そうそう。確か、鉄子とか言ってたか?」
電車は関係なく、メタルの曲調を取り入れたポップス系の女性歌手だったはずだ。
ここにいるのは、それ目当てのファンたちってことなのだろう。それにしても凄い熱気だ。いや、熱気だけではなく、値段もすごいことになっている。
10万から始まった金額は、あっという間に400万を超えていた。このアルバム、複製禁止で、購入者しか聞けない制限が付いているはずなんだけどな……。
ファンとしてはたった4日であっても、先に聞けるのであればいくらでもつぎ込めるんだろう。
俺も学生の頃、ハマっていたバンドにバイト代をつぎ込んでいたことがあるのだ。分からなくもない。
「この曲とか、CMで聞いたことあるな」
結局、440万で誰かが落札したようだ。すると、かなりの数のプレイヤーの姿が消えていた。他の会場で売り出される分を狙いに行ったのだろう。
10枚くらいは出品されているはずだからね。頑張れ、ファンたち。
プレイヤーたちがちょっとずつ入れ替わっていく会場で、出品は進んでいく。そして、俺の求める商品が登場した。
5万Gからの始まりで、チラホラと入札が入っていく。だが、あまり値段は上がらなかった。曲自体は珍しくないし、ホーム限定だ。人気は低いのだろう。
15万であっさりと手に入ってしまった。
「で、お次がリュート用譜面20曲セットな」
吟遊詩人系プレイヤーの販売している、楽譜のセットだ。特殊効果のある曲ではなく、純粋にゲーム内で作曲した音楽が書かれているらしい。
なんの役に立つかと言われたら、ファウが喜んでくれるというだけだろう。この楽譜があれば、ファウが新曲を覚えられる。
どうやら、演奏スキルを持っているモンスターは、そのスキルに関するアイテムをあげると、好感度が上がるらしいのだ。
それに、ファウのレパートリーが増えてくれれば、今以上に賑やかになるだろう。それだけでも十分だった。
「まあ、これは予想通り安かったな」
リュート限定であるため、欲しい人が限られたのだろう。俺以外には2人しか競売に参加していなかったのだ。
何度か入札があったが、最後は20万で俺が落札できたのであった。
「これで落札できたのは4つ目だけど……」
12個中4個は、多いのか少ないのか分からんな。だが、資金はまだかなり余っている。ここからはもう少し強気にいこうかな?
しかし、俺の決意とは裏腹に、狙っていたアイテムは全く落札できなかった。
「神聖樹もダメ、呪術関係もダメ、時間経過塗料もダメ……。落とせたのはNPCファーマーの謎の種だけかよ」
何と何をかけ合わせて作られたかも分からない、本当に謎の種だった。博打要素が強すぎて、ファーマーたちもしり込みしたのだろう。
あまり熱心に競ってくる相手はいなかった。それに、俺も強気で上乗せしていったからね。謎の種を、20万でゲットできていた。
これが高いか安いかは、育ててから判明するだろう。
途中で、妖怪に関係しそうなアイテムが数点出品されたので少し気になったが、やめておいた。
俺の少し前に座っている浜風が、意気揚々と入札しているのが見えたのだ。別に悪いことしてるわけじゃないんだけど、知り合いが欲しがっているアイテムに入札するのって、ちょっと気まずいよね。
浜風なら連絡を取れるし、使った感じを聞かせてもらえばいいのだ。
「……よし、次のアイテムは絶対に落とすぞ。もう、いくらかかったっていいや」
狙っていたほとんどのアイテムが手に入らなかったし、ここで一発ドーンと使ってやろうじゃないか。
そして、始まったのは『従魔の覚醒』という不思議なアイテムの落札である。宝石の扱いなんだが、どう使うのかも分からない。
ただ、従魔の力を覚醒させるという不思議な文言が書かれているだけである。多分、使役系の職業の従魔をパワーアップさせるような効果があると思うんだが……。
これが、俺が思っていた以上に人気のアイテムだった。テイマーだけではなく、サモナーやネクロマンサーなども入札しているのだろう。
クリスやサッキュンの姿も見える。だが、これだけは譲れんぞ!
「では、535万Gで落札です!」
ふー、少々やり過ぎてしまった感はあるけど、満足だ。所持金はまだ1000万以上残っているしね。
このアイテムを使うのが今から楽しみだぜ。
「さて、どうしようかな……。他のアイテムにも入札するか、目玉商品にかけるか……」
目玉商品は全部で20点ほど。そのうち半分はNPCが出品したもので、面白そうなアイテムがたくさんある。
問題は、絶対に高騰するだろうということだ。今の俺の資金でも、確実に落札できるか分からない。
競売、ネトオクのアイテムを複数狙うか、目玉商品1本に絞るか。プレイヤーたちの多くが、同じ悩みを抱えているんだろう。
「うん。今回は目玉商品狙いでいってみるか」
NPCが出品している、凄そうな孵卵器が気になっていたのだ。