51話 嗜好品の価値
町に戻ってきた俺は、早速ルインの店に向かった。壊してしまった伐採オノの代わりを見つけるためだ。
だが、ルインの店に俺の使える伐採オノは置いていなかった。伐採オノ自体はあったのだが、重くて俺には使えなかったのだ。
「大人しく初心者用を買い直すか」
初心者用装備は誰でも装備できるように、特に制限が無い。ただ性能がイマイチである。
「あとは、新しく作っちまうかだな。戦闘時の攻撃力や、他の特殊能力を犠牲にすりゃ、重さを軽減することもできるぜ?」
「なるほど……。でも、お高いんでしょう?」
「……俺は乗らんぞ」
「ノリ悪いですね」
「ふん。お前さんが装備できる斧だったら材料も大して必要ないし、そこまで高くはないさ。それに、少しは採取に出かけてるんだろう? 何か使えそうな素材を持ち込めば、その分安くできるが?」
使えそうな素材ね。俺はインベントリを漁って、幾つかの素材をルインに渡しておくことにした。水鉱石、銅鉱石、ロックアントの甲殻に、顎。それ以外だと緑桃の木材が使えるらしい。
アイアンインゴットなども渡そうとしたんだが、逆にランクが高すぎて俺に使いこなせない可能性があるという事だった。仕方ない、今回は見送ることにしよう。
どんな斧が出来るか楽しみだね。
斧を依頼したら、あとはひたすら農作業をするつもりだ。今日中に品種改良をゲットしてみせる。
そう思ってたんだけど……。
「あ、いたいた! ユートさん! ユートさーん!」
「アシハナか?」
畑の外にアシハナが居た。おいおい、もうハーブティーを買いに来たのか。
「早いな」
「そりゃあ、ハーブティーの為だからね!」
ハーブの中に中毒性のある成分なんか入ってないよな? 俺は大丈夫だし、平気だと思うが。
「気に入ってくれたようで何より。でも、ソーヤ君の分も残しておいてくれよ?」
「それは良いんだけど……この値段は何!」
「え? やっぱ高い?」
雑草を乾燥させただけのアイテムだからな。やっぱ100Gは高かったか?
そう思っていたら、どうもアシハナが言いたいことはそうではないらしい。
「安すぎ!」
「え? でも雑草が原料だぞ? それに効果もないし」
「それでも100Gはないわ」
「うーん? じゃあ、150Gくらいにしておく?」
「はぁ……」
それでも安かったらしい。でも、ゲームの攻略には必要ないアイテム――言っちゃえば嗜好品だしな。
アシハナやソーヤ君みたいに欲しがる人はいるかもしれないが、そんな高くして売れるか?
そう言ったら、アシハナは怖い顔で詰め寄ってきた。
「売れるわ! 絶対に」
「わ、分かったから。近い近い!」
「とりあえず、値段は一番高く設定した方が良いわ。それと、購入制限を掛けられるなら、1人3つとか5つの制限を付けるべき。じゃないとあっという間に買い占められちゃうわよ?」
「えー? それはないんじゃないか? そもそもこんな人通りの少ない場所に、そんなに沢山プレイヤーが来るとも思えないし」
「プレイヤーの情報網を舐めない方がいいわよ?」
うーん。じゃあ、言われた通りにしておくか。ハーブティーを並べたのは、アシハナに頼まれたからっていう理由が一番だし。そのアシハナがそれで良いって言うんだからな。
無人販売所の設定を色々いじってみると、購入制限もかけることができた。購入時にプレイヤーの情報を読み取るので、同じ人間が日に何度も買い直すこともできないみたいだ。
混ぜるハーブの種類が1つ増えたら、100G以上値段が上昇してしまう。これは安く済む組み合わせをもっと研究してみるか。
とりあえず高く売るんなら、それに見合った味の物を出さないといけないだろう。俺の手持ちの中でも、味に自信がある奴を登録し直す。
「じゃあ、一番高い奴が500G、他が400G、1つだけ300Gだな」
「それでいいと思うわ」
「あ、でもその前にアシハナ買っちゃえよ。アシハナが買ったら設定変えるからさ」
「ダメダメ。値段上げろって言った本人が安く買えませーん!」
両手で大きくバッテンを作ってそう言い張るアシハナ。
「いや、でも――」
「ダメ! 絶対!」
うーん、何を言っても買わなそうだ。
俺は値段や購入制限を設定し直す。すると、アシハナが全部を1つずつ購入した。
色々な味を試したいそうだ。だったら、大人しく設定前に大量購入しておけばよかったのに。義理堅いというか頑固というか。
でも、ただであげると言っても受け取らないだろうな。どうするか……。何か理由を付ければいいのか?
「じゃあ、アドバイス料を渡さないとな」
「え? 何?」
「だから、色々アドバイスくれただろ? その相談料だよ」
「えー、そんなのいらないって」
「ダメでーす」
「だって――」
「いいからいいから。それに、お金じゃないし」
俺はアシハナに対して、アイテム譲渡を申請する。中身は勿論、ハーブティーの茶葉10種の詰め合わせだ。フレンドなんだし、このくらいはね。
「えー、でもー」
そう言いつつも、アシハナは顔がにやけている。くくく、口ではいらないと言っていても、体はこれを欲しがっているようじゃないか?
……うん、調子に乗り過ぎました。素直じゃないアシハナの反応を見て、俺の中のオッサンが疼いてしまったようだ。でも、ちょっとからかうくらいは許されるよね?
「アシハナがいらないっていうなら、やめとくか~」
「え?」
「これは俺が飲むとしよう」
「あ、ちょ!」
「何ですか~?」
「い、いらないとは言ってないし! く、くれるって言うなら、貰っておくし!」
期待通りの反応に、俺は内心でニヤニヤが止まらない。ただ、それが顔に出ないように全力で無表情を作りながら、俺はトレードの画面を再び開いた。
「じゃあ、どうぞ」
「ありがと」
「あと、クッキーも少しはあるけど、どうする?」
「それはさすがに貰えません!」
「でも、材料の手持ちがそんなに多くないから、今後も売りに出すのは難しいぞ?」
「そうなの?」
食用草はそこそこストックもあるし、農業ギルドで買える。ハチミツと木の実がネックなのだ。木の実はもう少しすれば収穫できるようになるだろうし、採集も出来る。プレイヤーズショップでも売っている。だが、ハチミツが少なかった。
蜜団子のような加工品はどこでも売っているが、素材としてのハチミツは始まりの町では取り扱いが少ない。アリッサさんの店でも、品切れの場合が多い程だ。
自分たちが食べる分を残したら、売り物にするような量はとてもではないが確保できなかった。
木の実だけでもクッキーは作れるが、ハチミツ入りの方が美味しいし。試しにどんぐりだけのクッキーをアシハナに渡してみた。
「もぐもぐ……美味しいけど、美味しいんだけど!」
「やっぱダメか」
「少なくともこのクッキーを買いたいとは思わないかな?」
「だよな」
俺は現状ではハチミツの大量入手が困難であると説明した。すると、アシハナの目がギラリと光る。
「ハチミツがあれば良いのね?」
「あ、ああ」
「分かったわ! 待ってて、他の仕事なんて放りだして、直ぐに養蜂箱作ってくるから!」
「いや、そんな急がなくてもいいぞ?」
「待っててね!」
聞いちゃいねぇ! アシハナはブンブンと俺たちに手を振りつつ、風のような速さで去って行ったのだった。
「……養蜂箱は思ったより早く手に入りそうだな」




