505話 シナリオ通りにはいかない
「まずはこの子に関してです」
「トリ!」
俺が頭を撫でると、オレアが勢いよく片手を上げて挨拶した。元気いっぱいで可愛いんだが、アリッサさんが全然笑っていないな。
怒っているわけじゃないと思うんだが、重苦しい雰囲気でオレアを凝視している。
「アリッサさん?」
「トリ?」
「ご、ごめんなさい。あ、あまりにも可愛いものだから」
なんだ、そういうことね。オレアは進化して、今までとはまた違う可愛さをゲットしたしな。仕方ないね。
「しかも、名前がね……」
「ふふ。お気づきのようですね。その通り、この子はオリーブトレントのオレアが進化した存在です!」
「トリ!」
「やっぱり! そうだと思ったのよ! ノーム級の爆弾がっ……!」
ブツブツと何やら呟いているけど、これはまあいつもの通りだ。アリッサさんは、情報を呟いて整理するクセがあるらしかった。
「続けていいですか?」
「も、問題ないわ」
「普通の進化じゃないんで、先に経緯を説明しますね」
「お、お願い。こっちでも情報を仕入れているけど、確定情報じゃないし」
「情報?」
「掲示板で、その子の目撃情報が上がってるわよ。それはもう、凄まじい騒ぎになってるわ」
「あー、樹精ですもんねぇ」
「や、やっぱり樹精なのね」
「はい」
無人販売所のお客さんとかから広まったのか? いや、最近は畑エリアも人が増えてきて賑やかだし、誰に見られていてもおかしくはなかった。
そして、樹精化したオレアはメチャクチャかわいい。目を引くだろう。
それでいて珍しいともなれば、欲しがる人は多いはずだった。そりゃあ、テイマー掲示板とかは騒ぎになってもおかしくはない。
どんなこと書かれているのか怖いけど、見なければどうということはないのだ。それに、騒がれているってことは、それだけ高く情報が売れるということでもある。
これは、本当にオークション資金が捻出できるかもね。
「最初のきっかけは、チェーンクエストでした」
「えっ?」
「どうかしました?」
「う、ううん。まさかチェーンクエストまで絡んでくるとは思わなかったから」
「あー、そうですよね」
俺も、植物学で終了かと思ってたもんな。
「レッドタウンで――」
俺は、経緯を全て説明した。
レッドタウン探索中にトーラウスに出会ったことをきっかけにカプリの依頼を受け、その結果として魔化肥料と栄養剤を作ったこと。
さらに、その作成中に新たな肥料と栄養剤のレシピを発見し、リックの樹呪術と組み合わせて、オレアを進化させたこと。
「エレメンタル・トレントっていうのと迷ったんですが、やっぱり樹精は魅力的ですからね。それに、オレアがこっちを望んだんで」
「……」
この時点で、アリッサさんに変化はない。先ほどまでと同じく、イ〇リ司令ポーズで俺の話を聞いていた。
まあ、情報を聞くときはいつも静かだし、それだけしっかり聞いてくれてるってことだろう。
俺は、さらに情報を語って聞かせた。
「これがオレアのデータです。で、こっちが進化先のスクショ。すごいでしょ?」
「……」
「それで、こっちが桃色林檎と濃紺蜜柑です。効果付きの作物ですね。それで、こっちが雑木扱いの林檎と蜜柑。効果はないと思いますけど、おやつとかにはちょうどいいんじゃないでしょうか?」
「……」
「あ、林檎に関しては、つがるんにも情報を教えたいんで、そこはすみません。他には漏らさないようにお願いしておくんで」
「……」
そんな感じで、チェーンクエストで入手したほぼすべての情報を伝え終わる。ああ、精霊の実を説明する流れで、うちの子たちが作ったオークション用のアイテムに関しても説明してしまった。無駄情報だけど、許してください。喋ってるうちに、テンション上がっちゃったんです。
それにしても、口に出してみると非常に濃い内容だった。これは、情報料も期待できるんじゃなかろうか?
「……」
「で、少ししたらサジータさんていうNPCテイマーに会わせてもらえるそうなんで、情報をゲットしたらまた来ますね」
「……」
「アリッサさん?」
あれ? 反応が全然ないんだけど?
「……」
「え? ちょ、アリッサさん?」
「……」
「え? フリーズ? 強制ログアウトでアバターだけ残った? まじ?」
本体に何かあった? 完全に動いていない。息もしてない? ああ、ゲームだから息してないのは当然か。
やばい、テンパる!
焦って、思わずアリッサさんの肩に手をのばした、その時であった。
「アリッサさ――」
「うにゃああぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
「うわぁぁー!」
「想定あっさり超えたぁぁぁぁ!」
バターン!
ゲンド〇ポーズから突然の雄叫びだよ! 驚きすぎて、倒れ込みながら情けなく叫んでしまった!
アリッサさんも、椅子ごと後ろに倒れているけどね! なんだこのカオス空間!
「ちょ、アリッサさん! 大丈夫っすか?」
「だいじょーぶじゃにゃーい!」
アリッサさんは倒れた状態のまま、手足をバタバタさせて叫ぶ。大丈夫そうだ。いやー、不意打ちを食らうとは思わなかった。
「情報集めて、お金集めて、準備万端だったはずなのに! ユートくんに、渋く『問題ない。シナリオ通りだ』って言ってやるはずだったのにぃぃ!」
最初は叫んでいたんだが、だんだんと声量が下がって、ブツブツという聞き取れない呟きになっていく。
「白銀爆弾を見越して、検証班とファーマー連合とテイマークランから出資してもらったのに、絶対に足らないっ! 未払いの350万も併せたら……ぐぬぬ!」
「あのー?」
「でも、この情報なら他の大手からお金を引っ張れる! 回収するのも一瞬で済むはずだし、借金も一時の物よ! オークション前に何としても資金を作らないと!」
大丈夫だろうか? 目が虚ろな気がするけど。毎回、ロールプレイだと知りつつも、迫真過ぎて心配になるんだよね。
「アリッサさん?」
「ふ、ふふふふ。無様を晒したわね。ごめんなさい」
「あ、いえ、大丈夫ならいいんです」
「それで、支払いなんだけど、全額一気には無理そうなのよ」
「あー、やっぱり?」
今回の情報、俺だってかなり凄いという自覚があるからな。分割になるだろうと思っていたのだ。
そして、以前と同じシステムでの支払いを提案される。情報の売り上げの1割を支払ってくれるというやつだ。なんと、最低保証額は1000万。
「は?」
「だから、最低保証額は1000万よ。あ、未払いの350万も、早急に支払うから」
「えーっと、1000万ですよ?」
「最低でもね。確実にもっと行くわよ」
「マジ?」
「マジ。チェーンクエストに肥料と栄養剤。蜜柑や林檎。そして、トレントの進化情報に、樹呪術の使い方。しかも、オークションに出品するアイテムの情報も込み……。うん。問題だらけだけど問題ないわ。そう、問題ないの」
「そ、そこらへんはお任せしますね。俺としては、情報料さえ支払ってもらえればいいんで」
「任せてちょうだい。ふふふふ、こうなったらとことんやってやるから」
「が、頑張ってください」
「ええ! 頑張るわ!」
アリッサさんが燃えていらっしゃる! これなら、色々な人に情報を売りさばいてくれるだろう。オークションまでに用意してくれるなら、全く問題ないのだ。
にしても、1000万か……。最近はプレイヤーもお金を持つようになってきたし、情報料もだいぶ上がってきたんだなぁ。
「うおっしゃぁぁぁ! 大商いよぉぉーっ!」