488話 最凶のボス
「ムッムッムー」
そこにいたのは、1人のノームだった。
腕を組んで仁王立ちしながら、不敵に笑っている。うむ、可愛い。
だが、そうとも言っていられない事情があった。
「あ、あれが土霊の試練の大ボスなのか?」
「そうよ。ノーム・グランドファイター。最強――いえ、最凶の敵よ」
そうなのだ。あの生意気かわいい感じのノームこそ、この試練のボスなのである。
基本はオルトたちと同じ、緑髪のノームだ。しかし、装備品が全く違っていた。茶色と緑色を基調とした金属鎧に、巨大なピッケルを背負っている。
農夫感はなく、どう見ても戦士だ。
ノーム・グランドファイターは、ノームの1次進化であるノーム・ファイターの先にあるルートなのだろう。鎧の雰囲気などがよく似ている。
「強そうだな」
あんなツルハシみたいなピッケルで攻撃されるなんて、考えるだけでも恐怖だ。
アカリからはここのボスが最凶最悪と言われていると聞いたが、きっとその能力もかなりとんでもないんだろう。
そうじゃなきゃ、恐竜や悪魔を差し置いて、そんな風には言われないはずだ。
「奴は足がさほど速くない代わりに、遠近どちらの攻撃も得意としている。ユートたちは守備重視で立ちまわってくれ」
「了解」
「ただ、ユート、リック、サクラは樹魔術での攻撃をお願いしたい。弱点属性で怯みも狙えるしな」
「分かった。イカルはオルトたちの後ろでポーション準備しててくれ」
「はい!」
そして、ノーム・グランドファイター――ボスノームとの決戦が始まった。
「ムムー!」
「ムー!」
可愛い顔して後衛から狙ってくるとは! えげつないね! だが、その巨大ピッケルを、オルトのクワが弾く。
さすがに、オルトの防御を1発で崩すほどではないか。
というか、それほど強くない。俺の魔術でもかなりのダメージを与えられるのだ。
弱点属性とは言え、ここまで効くとは思わなかった。ボスを連続で怯ませるのなんて、初めてなんじゃないか?
前評判を聞いて警戒していた俺は、拍子抜けしてしまった。だって、最凶って言われているんだよ? これで?
しかし、次の瞬間には油断は禁物だと思い知る。アカリがボスノームに駆け寄り、剣を叩き付けようとしたのだが――。
「はあぁぁ――あぁぁダメ!」
「ムム!」
「きゃっ!」
「アカリ! 大丈夫か?」
アカリの攻撃が急にノームを逸れ、空ぶってしまったのだ。体勢が崩れたアカリに、ノームのパンチが炸裂する。
駄々っ子パンチにしか見えないのに、かなり吹き飛ばされていた。ダメージはさほどでもないが、重要なのはパンチの前だ。
大剣が急に向きを変えたのは何だったんだ? 見えない壁? それとも、幻惑? 事前にそんな情報は聞いていないが……。
すると、今度はチャームがボスノームに跳び掛かっていた。巨大な鎌を振り下ろす。
「てやぁぁぁ!」
しかし、今度も同じ結果であった。
「ム?」
「ああぁぁ! やっぱダメ!」
「ムー!」
鎌の切先が横に逸れ、ボスノームにはかすりもしない。そこにボスノームの駄々っ子パンチだ。
おいおい、マジで何が起きている? 特定条件下における絶対防御的な? 刃物での攻撃が効かないタイプなのか? それか、武器攻撃無効タイプなのかもしれない。
だとしたら確かに凶悪な能力だ。超絶防御力を使った持久戦を強いられると考えると、最凶と言われるのも納得か?
「しっかりしろ2人とも!」
「勘弁してくれ!」
「ムムー?!」
だが、次の瞬間、ノームがタゴサックの武器によってあっさりとダメージを受けていた。追撃を加えたつがるんのクワも、ちゃんと通用している。
あれ? 武器に対する絶対防御じゃなかった? 農具なら効くのかと思ったが、チャームの鎌は農具扱いのはずだ。
「ちゃんとやれ!」
「だってぇ! あんな……あんな可愛いノームちゃんに攻撃するだなんてぇぇ!」
「無理! 無理無理! 無理ですよ!」
つがるんの叱咤に、アカリとチャームが半泣きで応えた。
そ、そりゃあノームは可愛いけど、敵だぞ?
しかし、アカリとチャームは至極真面目な顔だ。
「くっ……。さすが最凶のボス……」
「絶対防御は完璧です!」
最凶って、そういう意味か!
「はぁぁ、仕方ない。つがるん、俺たちだけでもやるぞ」
「ま、こうなることは分かってたしな……」
「予定通り、アカリたちはタンクに集中させる」
「こいつらの反応を見てると、ノームファンたちがここで何回も全滅してるらしいって噂も、本当だってわかるなぁ」
そ、そこまで! まあ、ファンとしては、好きな相手に攻撃なんてできないのは分かるけどさ……。
道中での戦闘をアカリとチャームが引き受けていたのも、こうなることが分かっていたからだろう。
しかし、敵として出てきても戦えないだなんて、ある意味ファンの鑑と言えるかもしれない。
運営も、罪なボスを設定したものだ。
「ユートの影響で、ノームファンは特に熱狂的な奴が多いし」
「これが、白銀さんの罪か……」
「うん? なんか俺の名前呼んだか?」
「いや、何でもない。ユートは普通に攻撃できてると思ってな」
「そりゃあ、ノームは可愛いけど、今は敵だし。オルトで見慣れてるからな。問題なしだ」
「そりゃあ、心強い。イカルの護衛はアカリたちにやらせるから、攻撃頻度を上げてくれるか?」
「了解」
よし、ここまでは本当に碌な仕事をしていないし、いっちょ頑張りますか!