472話 湿地のプレデター
「なぜこんなことに……」
デフォルメチビ悪魔のリリスをテイムしてから、僅か20分後。
俺は――俺たちはある場所にやってきていた。そこは、俺たちが解放した、地底湖の先の第6エリアである。
米を採取するために、もう何度も足を運んでいるフィールドだ。ただし、今回の目的は米の採集でも、雑魚モンスターの素材集めでもなかった。
「情報通り! この辺りだ!」
「おっしゃ! やってやる!」
「白銀さんのおにぎりの効果が残ってるうちに、いくぞ!」
「プレデター狩りじゃー!」
各フィールドの特殊ボスであるプレデター。適正レベルを無視した強さを誇り、エリア8以降のプレデターは未だに撃破報告がないという、恐ろしいボスモンスターだ。
この湿地帯のプレデターはレイドタイプで、湿地の特定エリアに一定以上のプレイヤーがいると出現するという。
プレデターな上にレイド。湿地帯のプレデターの撃破報告が未だにないのも頷けるのだ。
しかし、俺たちはその恐ろしいプレデターを狩りにやってきていた。
集められたプレイヤーたちも、戦闘が起こらずに不完全燃焼だったのだろう。レイドボスと戦うつもりで集まったのに、目の前で俺がレアモンスターをテイムするシーンを見せられただけだったからな。
それに、これだけの戦力がバフまで得ておいて、解散してしまうのは勿体ないとも考えたらしい。
結果、「一狩りいっちゃう?」的な感じで盛り上がったプレイヤーたちに連れられて、俺もプレデター狩りに参加することとなってしまっていた。
足手まといだということは理解しているんだよ?
でも、誘いを断り切れなかったのだ。だって、リリスが動くところが見たいって、みんなに言われちゃったからさぁ。
それに、俺たちは戦闘に参加せずに、後ろで見ていていいとも言われていた。とにかく、俺は一緒に行って、応援しているだけでいいらしい。
リリスは珍しいモンスターだから、興味があるのは分かるけど……。
そこまで言われてしまっては断るのも悪いし、後ろで見ているだけならってことで参加することにしたのだった。
公認の寄生って感じか?
まあ、リリスはまだレベルが低いから前に出られないし、今回は本気で隠れているつもりだ。
周囲のプレイヤーの手助けもあって、道中でリリスの能力はある程度確認できた。レベルも6まで上がっている。
吸収:物理攻撃時に敵のHP、MPを僅かに吸収
幻術:幻影などを生み出す魔術
小悪魔の視線:対象の精神を僅かに低下させる
樹木殺し:樹木系の相手への与ダメージ上昇
精神耐性:精神系状態異常への耐性が上昇
槍術:槍を上手く扱える
飛行:空を飛ぶことが可能
闇魔術:闇や影を操る魔術
夜目:暗い場所でも日中のように見える
簡単に説明するとこんな感じだ。珍しいのは前半の4つと、闇魔術だろう。
吸収は槍や噛みつきでの攻撃時に、ドレイン効果が発動するというものだ。吸収率は低いが、継戦能力は大幅に上がるはずだ。地味に有用なスキルと言えるだろう。
幻術はその名の通り、幻を生み出す術である。幻影の囮で相手を引き付けたり、相手に幻を見せて混乱させたりできるらしい。
精神力が低いモンスターには意外と成功率が高く、上手く使えば一気に戦況を変えることもできるかもしれない。
小悪魔の視線は検証が難しかったが、一定時間見つめることで発動し、相手に精神ダウンのデバフを与えることができた。
精神は魔法防御だけではなく精神異常耐性にも関わってくるので、それを下げることができるのはかなり強い。しかも、魔術によるデバフではないので、失敗することがないのだ。
その分、一定時間見つめなければ発動しない仕様になっているらしい。素早い相手に当てるのは難しいってことだろう。
樹木殺しは神聖樹から生み出されたことで得た能力なのだろうが、植物系モンスターへの特効能力と言えた。うちは植物系の敵に苦戦することも多いので、非常に助かる。
闇魔術は、うちでは初の属性だ。直接的な攻撃力だけではなく、状態異常を付与したり、デバフを与えたりすることが得意な属性だ。
闇魔術と小悪魔の視線で相手の精神を下げたうえで幻術を使うと、面白いように相手が引っかかってくれる。
レベル差がかなりある相手にも効果があることから、今後も利用できるだろう。いやー、シナジってるねぇ。
「出たぞ! 陣形を組めー!」
「俺たちが初討伐だぁ!」
「やったらー!」
俺がリリスのステータスを確認している間に、プレデターが出現したらしい。
そちらを見ると、湿地の中から小山のような巨大な何かが浮上してくるところであった。名前はジャイアント・シルバー・クラブ。
要は、超巨大なカニである。銀色の装甲を持つ、体長20メートル超えのガザミだ。
月明りに照らされたその甲殻は美しくさえあるが、魔術のダメージを大幅に減少させる凶悪な効果を持っているそうだ。
「いくぞ!」
「おう!」
ホランドが先頭に立って、銀色ガザミに突撃していく。本日何度目のレイドボス戦なのか分からんのに、元気だねぇ。
それに続くプレイヤーたちも有名な奴らが多いらしく、俺の周囲で援護をしている後衛組からは感嘆の声が上がっていた。
このプレデターボスは最大で100人まで参加できるらしく、この湿地帯で飛び入り参加した者たちも多い。
タゴサックや、つがるんなどのファーマーたちの姿も見える。ここで採取中だったところをスカウトしたのだ。
「とりゃあ! くらえ!」
「クルミ! 援護するね!」
「ふっふっふ!」
現地スカウト組の中には、フィルマたち三人娘の姿もあった。米の採取に来ていたようだ。
クルミが先頭に立って、馬鹿デカイハンマーをボスに叩きつけている。アーツもド派手で、かっこいいのだ。
ただ、相手は未だに討伐が成されていない、超強力プレデターボス。その戦闘力は計り知れなかった。
こちらの攻撃に怯むこともなく、その巨大なハサミと巨体による突進。口から吐き出す毒の泡を駆使し、プレイヤーたちを1人また1人と葬っていく。
15分ほど経過した時点で、30人は死に戻っただろう。1分で2人のペースだ。このままでは1時間も経たずに、全滅するかもしれない。
しかし、この膠着を打破する者がいた。
「くくく……。食らいなさい。私の最新作、水蜘蛛よ」
リキューだ。彼女が使用したのは、水の上をスイスイと滑るように動き回る、蜘蛛の形をした自動追尾爆弾である。
それが、プレデターの腹の下で大爆発を起こすと、劇的な変化が訪れた。プレデターが仰向けにひっくり返り、痙攣し始めたのだ。しかも、その腹にあるふんどしと呼ばれる部分がパカッと開き、中の核がむき出しになった。
なんとか腹を攻撃し、この状態を作り出すことが攻略のカギだったのだろう。
プレイヤーたちが総攻撃を加えると、短時間で2割ほどのHPを削ることができていた。
「よーし! 今のをもう一度頼む!」
「無理ー!」
ホランドの声に、フィルマが返す。
「どうして!」
「リキュー、自爆して死に戻っちゃったっ!」
「なにー?!」
ホランドの驚きも尤もだが、リキューが死に戻ったのは本当である。自分の爆弾の威力を確認し、笑いながら死んでいったのだ。
さすが爆弾魔。
その後、プレイヤーたちが自爆覚悟で奮闘し、その数を減らしながらもなんとか勝利を掴んでいた。やはり、弱点が分かったことが大きかったな。
「勝利だー!」
「「「うおおおおお!」」」
シャイニング・セイバーで止めを刺したホランドが、大剣を突き上げて雄叫びを上げる。他のプレイヤーも一緒に叫んでいるな。
やっぱりノリがいいね。
「……まじで勝っちゃったな」
「デービー!」
リリスがオモチャの槍を突き上げて、可愛い声を上げている。迫力のある顔とは裏腹の、可愛い声なのだ。
見ているだけであっても、余波は飛んでくるし、気は抜けなかった。ああ、それにリリスの幻術が一回だけ成功して、ボスを混乱させるという見せ場もあったのだ。俺たちなりに頑張ったよな。
イベント中の戦闘も併せたら、今日は戦いっぱなしだ。なんか、異常に疲れたぞ。しかし、アドレナリンが出ているせいなのか、まだまだ動ける気がする。
「とりあえず、帰って祝勝会だな!」
「ム!」
「デビー!」