469話 神聖樹と呪術
「キキュ!」
「ここが目的地?」
リックが向かった先は、果樹や水臨樹が植えてあるエリアだった。
そのまま、とある樹木の前へと駆け寄る。
3メートルほどの背の高さの、うちの畑の中では小さい部類に入る樹木だ。植えてからしばらく経つが、一向にこれ以上には成長しようとしないのである。
「キュー!」
「神聖樹か」
そう、これはオークションで落札し、畑に植えた神聖樹であった。もう苗木ではない。
「もしかして、衰弱状態をどうにかできるのか?」
「キュ? キュキュ」
「まじか」
ならば、絶対に成功させなくては!
リックが神聖樹の前に立つと、呪術のウィンドウが起動した。
「呪術に捧げるアイテムを選択か」
生育の呪術と同じだな。こちらは快癒の呪となっている。間違いなく、樹木を癒すための呪術であるようだ。
「神聖樹を治療できるなら、大概のアイテムは捧げるぞ」
供物として選べるアイテムのラインナップは、生育の呪術の時とは微妙に変化――いや、増加している。
植物類、水類、土類に加え、ポーションなどの一部と、悪魔系の素材を選択することが可能だった。
「何で悪魔? いや、邪悪樹は確かに悪魔と関係あるけど……」
悪魔素材を捧げて大丈夫なのか? 恐る恐る選んでみたが、特に異常はない。他のアイテムと同じように、効果レベルが上昇するだけだ。
「それに、悪魔素材は効果レベルの上りが凄いぞ」
手持ちの悪魔素材を全て選択してみた。
アンドラスの羽根×3、アンドラスの爪、アンドラスの尾羽、アンドラスの剛嘴、ビフロンスの魔核、ビフロンスの爪、ビフロンスの怨念、ビフロンスの骨粉で、ちょうど10個である。
効果レベルは10。多分、最大だ。
ただ、悪魔素材を全て放出しなくても、レベルは10になる。ビフロンスの怨念を温存して、薬草でも良かった。
しかし、悪魔素材だけを捧げると、呪術の名前が変化するのである。
その名も、『悪魔召喚』。
これ、やっちゃっていいんだろうか? そもそも、神聖樹はこれを使っても無事なのか? 邪悪樹になっちゃったり?
一度呪術を中断して、他の畑で試してみよう。そう考え、他の畑で生育の呪術を準備し、悪魔素材を選択してみても悪魔召喚には変化しなかった。
緑桃などの樹木に試しても、同じだ。
神聖樹に快癒。そして10個全てが悪魔素材。この時にだけ、悪魔召喚が可能であった。
「これだけ特別感があるんだから、選択してみたい気はするけど……」
ボス戦とかになったら、絶対に負けるんだけど。どうする?
そうだ、以前アリッサさんが、邪悪樹に育っちゃってレイドボス戦になったら助けてくれるって言ってたよな。
「よし、アリッサさんに相談しにいこう!」
悪魔召喚系の情報を売って、その対価に戦力を集めてもらう。悪くないんじゃないか?
フレンドリストを確認すると、まだログイン中だ。まあ、イベント終了からそれほど時間は経っていないしね。
アリッサさんにコールをかける。
『もしもし……。あ、新しい情報があったりしちゃったり?』
「え? いえ」
なんか、声が震えて聞こえるけど、コールだからか? ゲーム内の通信でノイズなんか入るわけないんだが……。
「まあ、新しいと言えば新しいんですが。それに関してお願いがあるんですよ」
『お願い……。まあ、詳しい話はうちで聞くわ。店でいい?』
「はい。アポを取ろうと思ってコールしたんで」
よし、相談を聞いてもらえそうだ。
その後、俺は早耳猫の店舗へ向かい、アリッサさんと再会した。
「ども」
「相談があるって言ってたけど……?」
「そうなんですよ」
俺はリックの樹呪術について分かってることを説明した。その能力や、使い心地なども含め、全部だ。
そして、悪魔召喚の話に差し掛かると、アリッサさんの表情がより険しくなる。
「悪魔召喚。神聖樹なのに?」
「そうなんですよ。で、思いつくことと言ったら、邪悪樹に変化するんじゃないかってことなわけです」
「それは有り得そうねぇ」
「でしょ? で、なんとか手を貸してもらえないかと思って」
「戦力を集めて、取りまとめればいいってことね? 人数の制限もあるかもしれないから、うまくパーティを集めないと偏っちゃうしね。いいわ、任せておいて」
「あ、ありがとうございます」
なんと、戦力を集めるだけじゃなくて、その運用やまとめ役までかって出てくれるようだ。
「そ、その代り、情報料はタダでいいのよね?」
「というか、足ります? こちらから出せるのは樹呪術の情報と、この後の悪魔の情報なんですけど……」
「十分よ。悪魔召喚なんて、初めて聞いたもの」
「ならよかった。それで、時間とかはどうしますか?」
「ちょっと待って……。うん、まだ結構ログインしてるわね。1時間後でどうかしら?」
「え? いやいや、早過ぎませんか?」
「今はまだお祭りの余韻が残ってるし、プレイヤーも集まりやすいのよ。むしろ、今ならいつも以上に豪華な面子を集めて見せるわ! あ、ボス戦を生配信させてくれないかしら? それを許可してくれたら、確実に人は集まるわ」
「おおー! 頼もしい! 生配信くらい、バンバンやっちゃってください!」
まあ、レイドボス戦だったら、自分から参加したいって人もいるだろうし、アリッサさんの付き合いの広さなら、それなりに人数も集まるのだろう。
「それなら1時間後で構いません。というか、それでお願いします」
レアドロップチケットを使うチャンスだ! これはありがたい。
「じゃ、一時間以内にユート君の畑の前に集合させるから」
「お願いします!」
俺も準備しないとな!
畑で戦闘になることはないと思うけど、できるだけ神聖樹の周囲は収穫しておこう。あと、参加者さんたちにはせめてバフ料理くらいは振る舞わないとね!
炊き出しはオニギリだろうな! 恐竜肉を使った肉みそ握りとか、絶対美味しいし、喜ばれるだろう。
あと、怪魚の肉がかなりあるから、それでツナマヨ握りとかもいいかもしれん。
「戦闘じゃ役立たずなんだから、そのくらいはせねば!」