464話 復讐の巨大クラゲ
アメリアたちと一緒にリュウグウノツカイを釣り始めてからおよそ3時間。もうイベント終了まで2時間を切っている。
「他のプレイヤー、全然いないな」
「みんな、アンモライトとか琥珀を探しにいってるんじゃない? 高値で売れるし」
「あとは、古代の池での釣りも人気だと思いますよ。シーラカンスは欲しがるやつも多いっすから」
「あー、かもなー」
アメリアやオイレンとだべりながら、船の上から釣り糸を垂らし続ける。こんな風に小舟に乗って、のんびりと釣りをするのもいいもんだ。
波で軽く揺れる船は、まるで揺り籠のようである。リックなんか、熟睡しているな。
「ねぇ、白銀さんの竿、引いてない?」
「おっと! こいつは重いぞ!」
「もしかしてきたんじゃないすか?」
「どりゃぁぁ!」
ようやく釣れた! 間違いなくリュウグウノツカイであった。銀色の長い体に、赤や紫の飾りが付いた、ド派手な魚である。
「釣ったぞぉぉぉ!」
「やったね!」
「さすが白銀さん! パねーっす!」
「ふははは! 鑑定したければしたまえ!」
「ありがたやー」
「サンキューシッロ!」
アメリアたちはバッチリ図鑑を埋められたらしく、称号に狂喜している。
「そろそろ戻るか?」
「そうっすね――」
そんな中、異変は起きた。
バシャーン!
「ピョギャー!」
「え? ラビたん?」
船の周りで泳いだり潜水しながら遊んでいたアメリアの従魔が、盛大な水飛沫とともに海面に急浮上してきたのだ。
水泳や潜水能力を持った、ウサギ系の従魔である。
情けない感じの悲鳴を上げていた。毒生物にやられたか?
「ラビたん! どうしたの!」
「ピョーン!」
凄い勢いで船に戻ってきた水色のウサギが、何やら焦った表情で俺たちに訴える。何のジェスチャーだろうか?
両手をクネクネ動かし、全身をウェーブさせるように動かす。
うちの子たちも大概だが、アメリアのウサギも相当人間臭いな。
「うーん……。タコ踊り? つまり、タコが出たのかしら?」
「ピョン!」
「違うみたいだな~。これはタコじゃなくてイカなんじゃないですか?」
「ピョーン!」
ラビたんが船の床をタシタシと蹴りながら、違う違うと首を振る。アメリアもオイレンも甘いな。その動き、あれにそっくりだろ!
「イソギンチャクに決まってる!」
「ピョピョーン!」
「お、怒るなって! あ、分かった! クラゲだ!」
「ピョン!」
正解であった。つまり、それって――。
「フムー!」
「ルフレー! え? あれヤバくね?」
ルフレの悲鳴が聞こえた。
そちらを見ると、ルフレの胴体に巨大な触手が巻き付いて、持ち上げられている。見覚えがある触手だ。
「海流のところに居た、デカクラゲの触手かよ! なんでここに!」
「し、白銀さん! ルフレちゃん助けないと!」
「お、おお! そうだな! リック! 木実弾で触手を攻撃できるか?」
「キキュ!」
さすがリック。結構な距離があるんだが、投擲を見事成功させた。
俺たちが見守る前で、ルフレの拘束が解かれる。ドボンと海に落ちたルフレだったが、すぐに船に避難してきた。
「大丈夫か?」
「フム……」
多少のダメージは受けているようだが、それだけである。毒などもない。
「しかし、あの触手はなんだったんだ……?」
既に姿はないが、近くにいることは確実だろう。
「とりあえず砂浜に戻るぞ!」
「そ、そうだね!」
「了解! みんな頼むぞ!」
オイレンのウンディーネ達が船を引っ張ることで凄まじい速度で浜辺に近づいていく。
そして、俺たちが砂浜に辿り着けた頃、海面を割って巨大な物体が姿を現した。
「やっぱクラゲか!」
「クラゲは嫌いじゃないけど、あんなにおっきいとキモッ!」
「なんか、ゾワッとするっすねぇ!」
超巨大なエチゼンクラゲ。そうとしか言いようがない姿だ。どうやって海上に出ているのだろうか? 明らかに触手で体を支えている。リアルだったら自重で潰れてしまうはずだが……。
まあ、その辺はゲームという事か。
クラゲが段々とこちらへ近づいてくる。そして、クラゲが砂浜目前まで迫ったその時だ。
ピッポーン。
《条件が満たされました。戦士の浜にて、特殊レイドクエスト『復讐の巨大クラゲ』が発生しました。現在の参加プレイヤー、3名。途中からでも参戦可能ですので、近隣のプレイヤー様はお急ぎください》
ワールドアナウンスが告げられ、巨大クラゲの頭上に大きな赤マーカーが表示された。レイドボスを示すマーカーだ。
「参加者3人って、俺たちの事だよな?」
「間違いないねぇ」
「ちょ、どうする? あんなの3人で勝てる訳ない――」
「危ない!」
相談する間もなかった! 巨大クラゲの奴が水を飛ばして攻撃してきたのだ。アメリアのノームが庇ってくれなかったら、ヤバかっただろう。
「ど、どうする?」
確か、海流を越える為のルートの1つに、クラゲのボスが登場するって話だった。しかし、話に聞いていたよりも何十倍も大きい。レイド用の巨大個体なんだろう。
「さっきのアナウンス聞いて、他のプレイヤーが絶対にくるから! それまで逃げ回って耐えるのよ!」
「な、なるほど!」
そこで俺たちは、アメリアの提案通り逃げ回って時間を稼ぐことにした。巨大クラゲが段々と岸に近づきながら、攻撃を繰り返してくるが、そこはノームズの超防御力だ。
スクラムを組み、鉄壁の防御で俺たちを守ってくれた。レーザーみたいな水流攻撃をクワで弾き飛ばす姿は、頼もしさしかない。
そして数分後。最初のプレイヤーたちがやってくる。
「白銀さん! アメリア! オイレンも!」
「おお! ウルスラか!」
「うわー、なにあれ! 超カッコイイ!」
「えー?」
やってきたのは、ウルスラを先頭にしたテイマーの大集団であった。どうやらテイマー同士で懇親会のようなものを開いていたらしい。
すぐ近くにいたため、いち早く駆けつけてこれたのだろう。その後も、多くのプレイヤーが続々と駆け込んでくるのが見える。
しかも、加勢はそれだけではない。
「坊主! 奴はクラゲどもの王だよ! 仲間が散々やられて、怒っているのさ!」
「え? あ、伝説の漁師さん!」
いつの間にか、一人の老婆が俺の横にいた。怪魚関連でお世話になった、伝説の漁師さんである。
「奴の弱点は、傘の中の柔らかい部分だ! そこを狙いな!」
「ど、どうやって?」
「自分で考えろと言いたいところだが、特別に教えてやろう。奴はあの成りで、氷が弱点だ。氷でダメージを与えれば、一時的に傘がめくれ上がるのさ!」
「なるほど」
「ほら! さっさと行動に移りな! ぐずぐずしてるんじゃないよ! 海じゃあ、気を抜いたやつから死んでいくんだ!」
どちらかと言えばホンワカさが売りのこのゲームでは、珍しいくらいのハードボイルド! しかし、今はその歴戦の勇士感が頼もしいのだ。
老婆の指示を聞いたプレイヤーたちが、一斉に動き出す。
「氷魔術! 氷魔術が使える方はここのプレイヤーさんの中におりませんか!」
「遠距離攻撃を使えるやつは、準備しておいた方がいい!」
「タンクたちは、後衛の護衛だ!」
一度方針が固まってしまえば、後は早かった。そもそも、クラゲはそれほど強くはなかったのだ。HPと手数は多いものの、攻撃力は低く、死に戻りが出る程の威力はない。
しかも、時間が経てばたつほど、プレイヤーの数が増えていくのである。
プレイヤーが一定数を超えるとフィールドが拡張されるお陰で、手狭になることはない。だが、元々は小さめの浜だったはずの海岸が、いつの間にか鳥取砂丘かっていうくらい広くなっていた。
プレイヤーの数は優に万を超えているだろう。
途中で、海流越えのボスである子クラゲを大量に生み出したりもしてきたが、やはり瞬殺されてしまう。
なにせ、数百以上の魔術が一斉に放たれるのだ。一瞬でHPバーが砕け散っている。
戦闘開始から20分後。巨大クラゲは数の暴力の前に沈んでいた。かわいそうなくらい、サンドバッグ扱いだったな。
ラストはホランドだ。今度こそ必殺技で止めを刺し、皆から喝采を浴びていた。光の剣は、何度見てもかっこいいよね!
『特殊レイドクエストを達成しました。参加者全員に、616イベト、及び巨大水槽引換券が授与されます。参加者全員に『夏の海の思い出』の称号が授与されます』
「え? チケットはともかく、イベトがショボくない? なにこれ」
その後、他のプレイヤーたちが検証していたが、どうやら1000万イベトを参加者の人数で割ったのではないかということだった。
つまり、参加者が少なければ少ない程、取り分が多かったということなんだろう。経験値が雀の涙なのも、同じ理由だと思われた。
まあ、ほとんどのプレイヤーは、称号をゲットして喜んでいるけどね。
称号:夏の海の思い出
効果:バザール及び周辺のNPCからの好感度上昇
たださ、イベントの終わり直前にゲットしても、意味なくない? もしかしたら、もっと最初に発生するべきイベントだったのだろうか?
「ま、いいや。終了まで1時間くらいだし、最後はモンスたちと遊んでおくか」
イベント終了まであと2、3話の予定です。