44話 植物知識の価値
俺が雑木を伐採した直後、アシハナが鼻息も荒く詰め寄ってきた。
「今なにしたの?」
「何って、伐採だけど?」
「ど、どうやって?」
「はぁ? いや、オノで伐採ポイントを叩いて、普通に伐採しただけだけど」
「そうじゃなくて、どうやって伐採ポイントの無い木を伐採したのってこと!」
「伐採ポイントが無い?」
「そうよ。どう見ても雑木だし……ほっ」
アシハナがクヌギにオノを振るう。
「やっぱり伐採できないわね」
「でも、ほら」
俺は実際に伐採した木材を見せてやった。
「木材・雑木・クヌギ? 品質は低いけど、初めて見る木材だわ」
アシハナは木工のトッププレイヤーなんだろ? そのアシハナが見たことない木材? まじか。伐採のスキルレベルは圧倒的に向こうが高い。なら考えられるのは1つだけだろう。
「なあ、アシハナは植物知識っていうスキル知らないか?」
雑木も雑草と同じで、植物知識がないと判別できないのだろう。俺たちとアシハナ、ソーヤ君はチームを組んでいるだけでパーティは組んでないからな。採取系スキルの共有が働いていない。さっき緑桃を伐採する時も、俺とアシハナは1回パーティを組まなきゃならなかったし。
「植物知識? 聞いたことないわね」
「僕も知らないです」
「ユートさんはそのスキルを持ってるの?」
「持ってるぞ」
俺は植物知識の効果を説明してやった。すると、2人は興奮した様子で色々聞いてくる。
「ユートさん! 本当に図鑑のその他のページが埋まってるんですか?」
「あ、ああ」
「雑草に個別に名前があるなんて! もしかして、木もそうなの?」
「あるけど? 全部の雑木に伐採ポイントがある訳じゃないけど。例えば、そことそこの木はクヌギだし、そっちはミズナラになってるな」
多分だが、木の品質とかそういった理由で、全部の木が伐採できるわけではないんだろう。リアルでも、雑木林にある全ての木が木材になる訳ではない。途中で曲がっていたり、中に空洞があったり、自然界に生えている木で木材になる木は案外少ないと言うし。
そもそも、森にある雑木を全て木材にできたら、木工が優遇され過ぎだしな。
「でも、雑草の経験からいうと、雑木で何かを作っても効果は低いと思うぞ。さっきのハーブティーも雑草から作ってるけど、満腹度は回復しなかっただろ?」
「別にいいわ。新しい木材っていうだけで大発見だもの。それにホーム用の椅子とかインテリアなら、特殊効果なんかよりも香りや木目の綺麗さの方が重要だし」
なるほど。普段使いの家具ならそうかもな。
俺は植物知識の効果を知ってもらうため、1回アシハナたちをパーティメンバーに加えてみた。すると2人にも雑草の名前が確認できたらしい。興奮気味に足元の雑草を鑑定しまくっているな。
「ユートさん。対価は払うわ。その――植物知識の取得方法を教えてもらえないかしら?」
「僕からもお願いします。勿論、ユートさんが秘密にしておきたいなら諦めますが」
「教えてくれたら、養蜂箱はタダでいいわ。それ以外にも、出来ることがあったら何でもするし!」
「僕もです。お金は20000Gくらいしか払えませんが、やれることは何でもしますよ!」
うーん。養蜂箱がタダは嬉しいな。というか、完全に俺が貰い過ぎな気もするが。そこは追々交渉すればいいや。
それに、取得方法自体は教えて構わない。というか、このスキルが全然知られてない事の方に驚いた。とっくに知ってると思ってたよ。
「ああ、教えるのは構わないけど、取得は難しいかもよ?」
そして、俺は植物知識を取得するまでの経緯を話して聞かせた。俺の推測する限り、畑で雑草を育てて収穫することが条件だったからな。それも自分の意思で。まあ、俺の場合は空いたスペースが勿体ないから、オルトがハーブを植えてくれたんだけどね。
「それは時間がかかりそうですね」
「でも、不可能じゃないわ! 町に戻ったら畑を買いましょう!」
「ですね」
すっかり畑を買う気の2人だが、俺は気になっていたことを聞いてみた。
「あのさ、伐採ポイントが無いと木材は手に入らないのか?」
実際、雑草類は採取ポイントとして表示されるわけじゃない。それでも採取すれば株分も出来るし、加工もできる。だったら、雑木も同じなのではないだろうか?
そう説明すると、アシハナは何か考えている。だが、ソーヤ君は懐疑的なようだ。
「実は、それを試したプレイヤーはいるんです。森に生えている雑木を木材として使えれば、大きな作品も簡単に作れますからね。実際、森に入って雑木を切り倒してみたそうですよ。でも、入手できたのはゴミだけだったそうです」
だが、アシハナはやる気になったようだ。俺が伐採に成功したクヌギの木に向き合うと、オノを一心不乱に振り始めた。コーンコーンと良い音が森に響き渡る。俺とパーティを組めばこの場で雑木を入手することは可能だが、今後もずっと一緒に行動するわけにもいかないからな。植物知識なしでも、雑木が入手できるかどうか知りたいんだろう。
驚いたのは途中で休憩を挟んだら、数分後に木の状態が元に戻ってしまった事だ。オブジェクトには自動修復の機能があるみたいだな。
そのせいでまた最初からやり直しになってしまったが、30分ほどでなんとか木を切り倒すことに成功していた。
メキメキと音を立てて倒れるクヌギ。
「どうだ?」
「えーっと。やった! 木材が手に入ってる! それに、一部スキルが解放されたってアナウンスが!」
アシハナがスキル一覧を確認すると植物知識が取得可能になっていたらしい。まさか、スキルが取得できるとは思ってもみなかったな。
闇雲に雑木を切り倒せばよいのではなく、木材になる木を自力で切り倒すことが条件だったらしい。この分だと、他にも植物関係のスキルで色々試せば、取得できるかもしれない。
「じゃあ、早速取得しちゃうわ!」
「ちょっと待ってください!」
「なによソーヤっち」
「ここでアシハナさんが植物知識を取得したら、パーティを組んでる僕にも伐採ポイントが見えちゃうじゃないですか。僕が自力で切り倒すまで待ってください」
「は~い」
という事で、切り倒されたクヌギが元に戻るのを待って、今度はソーヤ君がスキル取得の為に頑張るのだった。
ただ、腕力も伐採レベルもアシハナより低いせいか、大分時間がかかっているが。
その間、俺たちは寄ってくる魔獣を倒したり、アシハナによるサクラへの木工教室が開かれたりして、それなりに有意義な時間を過ごせたけどね。俺とオルトの基礎レベルが1、リックとクママは2も上がったし。
あと、オルトが鉱石を採取してくれた。俺は採掘を持ってないから全く気にしてなかったが、実は河原には採掘ポイントが複数あったのだ。河原にある露天鉱床からは低品質ながらブロンズ鉱石が取得できた。
さらに、緑桃の木の生えている崖の中腹。以前俺が落下して死に戻った崖の中腹だ。そこにも採掘ポイントが存在していた。この採掘ポイント。普通なら登攀で昇るか、上からロープで降りなくてはいけないそうなのだが、オルトは土魔術で足場を作っていとも簡単に採掘を行ってしまった。これにはアシハナも驚いていたな。
この崖ではブロンズ鉱石以外に、水鉱石というレアな鉱石まで取得できた。多分、オルトの幸運スキルのおかげだろう。元から水鉱石が採れるという噂はあったようだが、余りにも確率が低すぎるため、ガセであるという意見も根強かったらしい。
1時間後。ソーヤ君は休まず斧を振るい続け、ようやく伐採に成功していた。
「やった! やりましたよ! 取得できました!」
うんうん。良かったね。ショタエルフの面目躍如とばかりに、ピョンピョン飛び跳ねて喜ぶソーヤ君。止めろ! 俺にそっちのケはないんだ! かわいいポーズを取るんじゃない!
「どうしました?」
「い、いや、なんでもない。それよりも、植物知識ってあまり知られてないのか?」
「そりゃ、そうですよ。全然聞いたことなかったですから。えーっと、集計データだと、9日の時点でまだ3人しか取得してなかったみたいですね」
3人? そりゃあ少ない。でも、他の人は掲示板に上げたりはしなかったのか? 俺が言えたことじゃないけど。
「どうですかね。ユートさんみたいにそれ程重要なスキルだと思っていなかったのかもしれません。何らかの条件を偶然満たしたことで取得可能になって、取得してみたら雑草の名前が分かるようになるだけですからね」
「木工持ちや農業持ちじゃなきゃ、この価値には気づかないかもね。もしくは、こっそりと秘匿してるかのどっちかでしょうね」
そうか。俺はあまり気にするタイプじゃないけど、プレイヤーには有益情報は出来るだけ隠しておきたいっていう人も多いだろうしな。
「ユートさんはどうしたいの?」
「え? 俺?」
「隠しておきたいですか? それとも掲示板に載せちゃいます?」
「いや、何で俺に聞く? 2人がしたいようにすればいい」
「あのね。私たちが植物知識を取得できたのはユートさんのおかげでしょ? そのあなたを差し置いて、私たちが勝手な真似はできないの!」
そういう物か? 俺としては教えた時点で、情報が広がるのは当然だと思ってたからな。
「別にどっちでも構わんが? 2人はどうしたいんだ?」
「ええ? そうねぇ……。じゃあ、とりあえず隠しておく?」
「そうですね~。ユートさんが折角見つけたんだし、その方が良いですかね?」
どうも聞き方が悪かったらしい。完璧に俺に遠慮しているな。消極的ではあるが、とりあえず掲示板にはアップしないという方向に落ち着いたようだ。
「なら、しばらくは俺たちだけの秘密ってことにしておくか」
ソーヤ君たちにとっても、貴重な情報みたいだし、暫くは掲示板に上げないでおくか。ただ、2人が教えたい相手には教えてしまって良いとも言っておいた。
その後、木材を採取しつつ、俺たちは一旦町に戻ることにした。そろそろ夕方だしね。幾らアシハナが強くても、モンスターが強化される夜にお荷物を連れての探索はきついようだ。
道中でも雑木を採取できて、アシハナとソーヤ君はホクホク顔だった。




