438話 イベントスピノの大好物
軽く作戦の打ち合わせをした後、俺たちはイベントスピノのいる広場へと上がってきた。
広大な円形の広場の中央。そこでは、イベントスピノが尾を枕にするように丸まって寝ていた。
「相変わらず、戦い辛そうな場所だな」
「ムー」
周囲の崖の上からは無数の滝が流れ込み、広場の8割くらいが沼地と化している。葦に似た草が生い茂り、足場は最悪だろう。
「いい位置だね! あそこなら、地雷を設置する時間が稼げるよ」
「じゃあ、最初の作戦通りでいいよね?」
「うん」
「白銀さんも、お願いします」
「ああ!」
「くくく……よろしくね」
「ヒム!」
実は今回、ヒムカだけは俺たちと別行動だ。事前の打ち合わせで爆弾に興味を示したヒムカを、リキューの助手に付けることとなったのだ。
勿論、地雷設置作業なども問題なくできることを確認済みだ。爆弾系のスキルを持っていなくても、器用ささえ高ければ問題ないらしい。
「よーし! 行くよ!」
クルミを先頭に、広場へと突入する。
すると、即座にイベントスピノが反応した。
「ガオオオォォォォオ!」
寝ていたスピノが立ち上がり、天に向かって咆哮する。だが、事前に聞いていた俺たちは怯むことなく、湿地を走った。
「くく、またあとで」
「ああ! ヒムカも頑張れ!」
「ヒムー!」
リキューとヒムカが、俺たちから離れて壁際によっていく。そちらに、唯一濡れていない円形の陸地があるのだ。
リキューたちがそこに地雷を仕掛けるまで、注意を引くのが俺たちの仕事だ。
まあ、戦うわけじゃないけどね。
「よし、それじゃあいくよ!」
クルミがインベントリから取り出したのは、丸々と太ったおいしそうなビギニカツオだ。その直後、スピノの視線がビギニカツオに固定されたのが分かる。
クルミはカツオの尾を掴むと、ブンブンと振り回し、思い切りカツオを投げ放った。
ヒューンと飛んで行ったカツオは、そのままスピノを越えてその後ろに落下する。
「ガオオォォ!」
「やった! 成功だよ!」
行方を目で追っていたスピノが、そのまま反転してカツオを追って行ってしまった。話には聞いていたが、これほどだったとは。
海の魚の中でも、カツオが大好物であるらしい。よほどヘイトを溜めない限り、カツオを優先するそうだ。
「それじゃあ、リキューたちのところまで逃げるよ!」
「わ、わかった!」
「ムムー!」
俺たちは一緒にリキューたちが爆弾を仕掛けた場所まで退避した。それから十数秒後。
「ガオオォォォ!」
カツオを食べ終えたスピノが、猛ダッシュで俺たちを追いかけてきた。かなりの速度だ。これ、カツオの投擲に失敗して変な場所に落としてたら、スピノに追いつかれることがあるかもしれん。気は抜けないな。
そして、俺たちに一直線に駆けてきて、地雷設置場所を思い切り踏みつける。
ボゴオォォォォオン!
「ギャアアアオオォォォォオォ!」
足下から吹き上がった爆炎をもろに食らい、イベントスピノがバランスを崩して大きくよろめいた。
倒れることはなかったが、その場から10メートルほど後ろ歩きで下がり、グルグルと唸り声を上げている。
「よし! 次の準備だよ!」
「くく……任せておいて」
クルミが再びカツオを取り出すと、投擲した。スピノがそのままカツオを追っていく。
その間にリキューとヒムカが新たな地雷を設置していくが、今度は間に合いそうもない。カツオを平らげたスピノが、再びこちらに視線を向けたのだ。
そんな中、今度はフィルマが投げたカツオが飛んで行く。
スピノが懲りずにそのカツオに釣られ、走り出すのが見えた。
「設置完了……くくく」
「ヒム!」
リキューとヒムカが地雷の設置を終え、ハイタッチしている。いや、リキューは少し屈んでいるから、ハイじゃないけど。
後はこれの繰り返しだった。カツオで気を引いている間に地雷を準備し、スピノに少しずつダメージを与えていく。
カツオを食べると僅かにHPが回復するのだが、それによってヘイトが下がる効果もあるらしい。
食欲を無視してこちらに襲い掛かってくることはなかった。
また、リキューとヒムカが交互に地雷設置を主導することで、ヘイトを上手く分散させることができているようだ。
カツオと地雷を大量に準備する事さえできれば、本当に完封できるかもしれない。そう思っていたんだが、そうそう上手くいくはずもない。
スピノのHPが残り3割となったとき、奴の行動パターンが変化した。
「ガアアオオォォォォォッ!」
「後退しない! 狂暴化したよ! こっからが勝負だからね!」
「うん!」
「くく……白銀さん頼りにしてるわ」
「よ、よし! みんな、頑張るぞ!」
「ムム!」
「モグモ!」
ここからは、ガチの戦いだ。
メインタンクはクルミで、オルト、ドリモ、ヒムカがその脇を固める。クルミがピンチの時に、チェンジするためだ。
「アイネ! ファウ! 防御力上昇をメインで頼むぞ! ルフレも前衛の回復を!」
「フマ!」
「ヤヤー!」
「フムー!」
前線を支えることが、俺たちの仕事だ。ダメージはフィルマとリキューにお任せである。彼女たちの方が、俺たちよりも圧倒的に火力があるしな。
「白銀さん、無理はしないでくださいね!」
「くくく……ここで死なれたら、恩返しの意味がなくなる」
「分かってるよ。それに、俺は後ろから援護に徹するから大丈夫だ」
「くくく……フラグ立てた?」
「ふ、不吉なこと言うな!」
雰囲気のあるリキューに言われたら、本当っぽく思えちゃうだろ!