416話 ラッコorダイ
脇の下を支えられているせいで下半身がブラーンとなっているラッコさんを、満面の笑みで抱えるアイネ。
何このコンボ。
超可愛い。
「この子って、持って帰れたり……?」
「キュー?」
円らな瞳で俺を見つめるラッコさん。お持ち帰りしたい! だが、モンスターではないのでテイムはできない。
「だとすると、飼育ケース?」
しかし、こんな可愛い生物を身勝手にお持ち帰りして狭い飼育ケースに閉じ込めるだなんて酷すぎないか? 人間の醜さとエゴ丸出しの行動ではなかろうか?
「いや、でも、試すだけ試してみよう」
試すだけだから! ちょっとケースに入れるだけ! だから――。
『この生物は、飼育ケースに対応していません』
「ですよねー」
ちょっと残念なような、ホッとしたような、不思議な気持ちである。逃がすしかないなら、せめてモフッておこう。
ちょっと迷惑そうなラッコさんに心の中で謝りつつ、俺はそのフワフワの毛をナデナデしたりクンカクンカしたりフスーフスーしたりして愛で倒したのであった。
そして数分後。そろそろラッコさんを海に戻そうかと思いつつ、その魔性の毛皮の虜になってしまいどうしても還す決断ができないでいると――。
ダーダン。ダーダン。
「こ、この音楽は……」
危機感を煽る重低音が流れ始めた。フィールドBGMなど存在しないこのゲームにおいては、非常に珍しいBGM有りのイベントである。
「イベント中に一回聞いたことがあるぞ! ジョーズさんのテーマだ!」
そう。古代の島に行く途中にホホジロザメに遭遇したが、その時に流れていた音楽である。よく見ると、サメの背びれが海中を進んできているのが見えた。
「やべー! 逃げろ!」
「ペペン!」
「フムー!」
以前出会った時は襲われなかったが、今回は違う。情報によるとこのホホジロザメに襲われ、乗っていた船が転覆して死に戻ったパーティもいるらしい。
どうやら、ラッコを長時間捕獲しているとサメが出現するようだ。ラッコを獲物として認識しているらしく、ラッコを連れている限り延々と追われるらしい。
ラッコの毛皮の魔力に夢中になりすぎて、すっかり忘れていた!
「ラッコを逃がせば――」
だが、それってラッコを囮にして自分たちだけ助かるってことだよな?
「キュー?」
そんな無垢な目で俺を見るなよ! 逃がしづらくなるだろうが! くっ! 自分に危機が迫っているとも知らず、前足で顔をクシクシと擦るラッコ、メチャクチャラブリーなんですけど!
「ダメだ! このラッコさんを囮になんぞできん! ルフレ! ペルカ! 頑張ってくれ!」
「ペペペペッペペーン!」
「フムフムムムムムー!」
「他のみんなはサメを攻撃だ!」
「モグモ!」
「クックマ!」
俺も魔術を放つ。だが、サメにはどんな攻撃も通用しなかった。どうもサメはオブジェクト扱いになっているらしく、無敵なのだ。HPバーさえ表示されない。
「こうなったら、全力で漕ぐ! まずはクママ、オールを頼むぞ!」
「クマ!」
「クママが疲れたら、ドリモとオルトが交代してくれ!」
「ムム!」
「モグ!」
この小っちゃいけどパワフルな肉体派3人組がいてくれれば、オールは任せておけるだろう。
「アイネは応援者スキルで、みんなを強化だ!」
「フママー!」
「俺もこうだ! ハイドロプレッシャー!」
「クママママママ!」
あの海流を突破した俺たちの全力、見せてやるぜ!
そうして、全速力でサメから逃げ続けること10分。
ジャイアントケルプによって迷路のようになっていた海獣の森からは脱出し、すでに大きく離れている。かなり沖合にまで出てきているだろう。
それでもサメは諦めず、俺たちの船を追ってきていた。その距離は、もうかなり縮まってしまっている。
俺の魔力も尽き、クママやドリモ、オルトなどのオール組が疲労困憊で動けなくなった直後。まさに最大のピンチの最中である。
再びアナウンスが聞こえていた。
『特定動物を一定時間捕獲することに成功しました。イベントクリア後、イベントポイントにて交換可能なボーナスリストに、ラッコが追加されます』
な、なんと! ラッコさんもマスコット化可能だったとは!
イベントマップにいる動物は、捕獲するとマスコットとしてゲットできる。今回のように、ボーナスリストに追加されるとアナウンスされるそうだ。キツネやタヌキはタッチすれば一瞬であるらしい。
ラッコさんはそうではないせいで、今までマスコット化可能だと思われていなかったのだ。サメをおびき寄せるブービートラップ扱いだった。だが、違っていたらしい。
アナウンスでは、一定時間捕獲と言っていたな? つまり、他のマスコット化しないと思われている動物さんたちも、マスコット化できる可能性があるってことだろう。
魚や昆虫のように飼育ケースで飼うことができない代わりに、マスコットとしてホームにお招きすることができるようだった。
き、恐竜も試してみないと!
はっ! もしかしてサメも飼えたりするのか? でも、特大飼育ケースでも無理だよね? それとも、さらに上のサイズが? もしくはマスコット扱い?
いや、今はそれどころじゃなかった!
「ホホジロザメは――あれ?」
いつの間にかホホジロザメが姿を消していた。ラッコさんもである。どうやらマスコット化イベントが発生したことで、どちらも姿を消したらしい。
「あ、危なかった……」