408話 古代の島の浜で
池を後にした俺たちは、古代の島の浜辺を目指して行動を再開していた。
再び、恐竜たちとの追い駆けっこの始まりだ。口をカパーッと開くラプトルとか、何度見ても怖すぎる。口の中で糸を引く唾液が、妙に生々しかった。牙と舌も威圧感がある。
そんなラプトルに襲われ、何度か危ない場面もあった。ファウのバフで敏捷を上げてもらわなかったら、確実に囲まれていただろう。
だが、それでも俺たちは誰一人脱落することなく、古代の樹海を半ばまで進んできていた。
一番ヤバかったのは、ラプトルの注意を引くために無理をしたアイネが、髪の毛に噛みつかれて引きずり降ろされそうになった時かな?
クママとドリモが全力でそのラプトルを攻撃しなければ、危なかったと思う。
「よし、浅層まで戻ってきた! この辺からは少し楽になるはずだ」
「フマ!」
「ヤー!」
これは、俺たちが樹海の中を逃げ惑いながら得た経験だ。一見同じように見える古代の樹海だが、実は2つのエリアに分かれている。
まあ、そのエリアを跨いだからといって目に見えての変化はあまりないんだが、確実に出現する恐竜に差があった。
イメージ的には、少数のパキケファロしか登場しない入り口付近の浅層と、ティラノやラプトルが出現する深層と言った感じだ。
浅層は木々の密集が少ないうえに、採取ポイントが激減するので、注意深く観察していれば判別可能だろう。
「なんか、急に人が増えたな」
「クマ」
「キュ」
俺の言葉に、クママとその頭の上のリックが頷く。
樹海の奥では見なかった、他のプレイヤーの姿がチラホラとあった。奥では見なかったことから、まだ島にきたばかりなのだと思われる。
そんなことを考えながら浜辺の石柱に向かっていると、後ろからいきなり話しかけられた。
「白銀さん。お久しぶりです!」
「え――うおぉぉぁ!」
「きゃ! ど、どうしました?」
どうしたって! いきなり超怖い顔したスケルトンがいたら、驚くに決まってるだろ!
顔に空いた二つの虚ろな穴が、こちらを見下ろしていた。しかも目の部分が妙につり上がっているし、赤黒いオーラが放たれているのだ。
しかもメッチャでかい!
邪悪感漂う黒い鎧を着込んだ、明らかに普通のスケルトンとは一線を画す存在だ。
敵かと思ったが、よく見たら従魔であることを示すマーカーが出ている。しかも、その隣に美少女がいた。
藍色っぽいショートカットに、そこから飛び出る白いウサミミ。清楚系アイドルのような制服風衣装に身を包んでいる。いや、美少女じゃないな。
「クリスか?」
「はい!」
美少女に見えるけど男の娘な僕っ子ネクロマンサー、クリスであった。
「そのスケルトン、普通の人間の骨じゃないよな?」
「はい。その子はオーガスケルトンなんです!」
なるほど。言われてみれば牙は鋭いし、額に短い角もある。体格も2メートル近く、確かにオーガっぽい。
さらに、肌が緑色で口から長い牙の生えた、これまた邪悪感満載のゾンビも一緒である。こっちはグールであるそうだ。
配下のアンデッドたちが、以前よりも迫力を増している。世界観を壊すからできるだけフィルターは使いたくないんだけど、こいつらが敵で出てきたら怖すぎるな……。
まあ、事前に分かっただけでもいいか。心の準備ができたのだ。
「元気そうだな」
「はい! 今はたくさんお友達もできたんです!」
以前は他のプレイヤーに罵倒されて泣いていたが、ゲームを楽しめているようでよかった。
その後は互いの近況報告から、イベントの情報交換に移る。なんと、クリスは古代の島に渡る前は本島の西側を探索していたらしい。
アリッサさんから教えてもらったものよりも詳しい部分がある地図や、図鑑に登録可能な植物の情報なども教えてもらってしまった。
これは、俺もそれ相応の情報を渡さねばなるまい。そして、当然のことながら、向こうはやはりこの島の情報が知りたいようだ。
「まず、これだけは知りたい情報があります!」
「な、なんだ?」
「恐竜のアンデッドは、出ますか?」
「あー、なるほど……」
そりゃ、そうだよな。使役系の職業で、恐竜が気にならないプレイヤーなどいないだろう。俺だって、恐竜をテイムできるものならテイムしたいのだ。
それにしても、恐竜のスケルトンか……。アリだな! カッコよさげだ。
ただ、残念なお知らせがある。
「……この島で、恐竜以外のモンスターは見てない」
「そ、そんな……!」
アンモナイトやシーラカンスは、モンスターじゃなく動物扱いだったからな。
俺の言葉に、ヨヨヨと崩れ落ちるクリス。これって、まるで俺が虐めてるみたいじゃない? クリスのナヨナヨとした外見や仕草が、その印象をより強めている。
やばい、なんとか立ち直ってもらわないと! この様子を他のプレイヤーさんに見られたら、俺のダンディでクールなイメージが崩れてしまう!
「えーっと……。ほら! 俺が見てないだけかもしれないから!」
「つまり、半日以上探索しても出会えなかったくらい、レアってことじゃないですか!」
「そ、そうだ! アンデッドはいなかったが、こんなものは発見したぞ!」
「これ、化石です?」
「そうだ。ほら、これとか、肉食恐竜の牙だ。それに、こっちもあるぞ! 倒した恐竜からドロップした骨だ!」
「うわー! 凄いですね!」
よかった、何とか立ち直ってくれた。
「いいな~! これだけ色々あったら、きっと新しいアンデッドが生み出せちゃいますよ!」
「新しいアンデッドを生み出す?」
「はい!」
今までネクロマンサーというのは、フィールドに出現するアンデッドを支配して配下にする職業だと思っていた。ぶっちゃけ、テイマーのアンデッド版といったイメージでしかなかったのだ。
だが、クリス曰くそれだけではないらしい。なんと、新しいアンデッドを生み出すことができるというのだ。
「例えば骨。全身骨格が揃っていなくても、強力な力を秘めた骨があれば、そこから新たなスケルトン系統のモンスターを生み出すことが可能です。それが無理でも、その骨で仲間のスケルトンの強化なども行えるんですよ?」
「じゃあ、この骨があれば、恐竜スケルトンが生み出せるってことか?」
「可能性はあります」
他にも、肉系統のアイテムからはゾンビが。呪いのアイテムなどであれば、ゴーストやリビングアーマーなどを創造可能であるという。
そう聞くと、ネクロマンサーもなかなか面白そうな職業だ。
ちょっと死霊召喚を見てみたいけど、この骨はボスドロップだからな……。まあ、後で話を聞かせてもらえばいいか。
どうやら恐竜の骨を見て、テンションが上がったらしい。やる気に満ちた表情で、樹海を睨んでいる。
「こうしちゃいられません! 仲間と一緒に、恐竜を倒してきます!」
「あ、仲間もできたんだな」
「はい! 実はジークフリードさんから、色々な人を紹介してもらいまして」
さすが放浪の騎士ジークフリード。面倒見がいいことである。
「今はその人たちのクランに入れてもらって、一緒にゲームを攻略してるんです」
「へー。クランに入ったのか。なんていうクランだ?」
「クラン『検証班』です」
「検証班……? それって、システムやアイテムの性能を検証する人たちのことじゃ……」
「その検証が好きな人たちが集まって、クランを作ったんですよ」
それにしても名前が検証班とは……。「さすが合理的だ」と褒めればいいのか、「面倒くさがりか!」と突っ込めばいいのか。
「ま、面白そうではあるか」
「はい! とても面白いんです!」