396話 さらば、ティラノさん
ヒムカが俺たちを守って死に戻った直後。俺は即座に従魔の宝珠を使用していた。
「召喚! ファウ!」
「ヤヤー!」
召喚陣からファウが元気に飛び出してくる。だが、すぐに間近にいる巨大恐竜に気付いて、あんぐりと口を開いていた。
とんでもない戦場に呼び出してすまんな!
「ファウ! 俺たちに速度上昇! その後は、あっちのイベントティラノにありったけのバフをかけるんだ!」
「ヤ、ヤー?」
「そうだ、あの怖い恐竜を援護する!」
「ヤー!」
まだ納得しきれていないようだが、ファウは俺の指示に従ってすぐに演奏を始めた。
「ララ~ラ~♪」
大分投げやりになりかけていたんだが、ヒムカがあれだけの男気を見せてくれたのだ。最後まで絶対に諦めんぞ!
そんな俺たちの想いが通じたわけではないだろうが、ティラノさんに大きな変化が訪れていた。
もともと、黒いオーラを纏う暴走状態ではあった。これは、HPが徐々に減る代わりに、攻撃力が上昇する状態である。ティラノは、HPが2割を切ると暴走状態になるらしい。
その暴走状態のスリップダメージでHPが1割を切ったことで、さらに狂化モードに入ったのだ。
恐竜が狂化した場合、ヘイトを無視して自分に最もダメージを与えた相手に全力で襲いかかる。
この場合は当然イベントブラキオだ。一見、今までとそう変わらない構図に見える。
しかし、狂化すると防御力が下がる代わりに攻撃力が上昇し、攻撃の仕方もより激しくなるのだ。一発逆転を狙って、大技をぶん回すようにもなる。
そして、狂化の赤い光に包まれたイベントティラノの前には、横っ腹を晒して転倒するイベントブラキオの姿があった。
「グルルオオオオオオォォォォォォ!」
「うおぉ?」
「ムム!」
「モグー!」
凄まじい咆哮が響き渡る。どうもスタン効果があったらしく俺たちの体は硬直してしまっていた。
俺たちがイベントティラノを追い詰めたのであれば大ピンチだったのだろうが、今は全く問題ない。
奴の目は、完全にブラキオにロックオンされているからな。
立ち上がろうとしていたブラキオが、スタンしたせいで再び転倒する。そこに、ティラノが一気に突っ込んだ。
「ガアアアアアアアアァァァ!」
「ブモオオオォォォォォォォッ!」
多分、必殺技なのだろう。なんと、ティラノが高々と飛び上がると、前方宙返りをしていた。リアルの恐竜には不可能な動きだろう。
そして、一回転した勢いで、自らの牙をイベントブラキオの腹に突き立てた。受け身さえ取らず、ティラノ自身の体も地面に叩きつけられている。自爆ダメージでHPが減ったぞ。
立っていられない程の振動が周囲を揺らす。それだけの威力があったということなのだろう。
直後、イベントブラキオのHPが一気に削られていた。なんと、5割ほどは残っていたはずのHPバーが、一気に半減したのだ。
暴走と狂化と必殺技。さらに弱点攻撃などの効果が重なった結果だと思われた。
「ガオオオオオオォォォ!」
「ブモオオオォ!」
しかも、ティラノの追撃は終わっていない。未だに起き上がれていないブラキオに、凄まじい勢いで攻撃を加えていた。
「このチャンスを逃すな! 俺たちも攻撃だぁ!」
「モグモー!」
「――!」
戦闘開始から50分。
「ガアアアァァァ……」
「やべっ! ティラノさんがぁぁ!」
遂に、イベントティラノが力尽きていた。大地に倒れ伏し、光の粒となって消えていく暴君。
「ムッムー!」
「ペペン!」
オルトたちが共に戦った戦友の最後を、敬礼で見送る。サムズアップと敬礼を使い分けているな。
いや、いいシーン風だけど、向こうは全く仲間意識なんかなかったと思うぞ?
それに、これで終わりじゃない。むしろ始まりだ。
「ブモオオォォ!」
「残ったのが、狂化状態のイベントブラキオさんね! こりゃあやべー!」
そして、赤い光に包まれて猛り狂うイベントブラキオのターゲットは――。
「ブモオオォ!」
「俺かぁぁ!」
まあ、水魔術でチクチクと攻撃し続けたから、仕方ないんだけどさ!
「ブモオオオオォォ!」
「くっそぉぉ!」
後は俺が逃げ続け、ブラキオの攻撃が当たる前にモンス達が仕留めてくれることを祈るしかない。
いくら残りHPが1割を切って狂化しているとはいえ、相手は膨大な体力を誇った大恐竜だ。多分、そこらのラプトルたちの数倍はHPが残っているだろう。モンス達の攻撃で削りきれるか……?
「ひぃ! いま、背中に何か掠った!」
「ブモオオオオ!」
その巨体のせいで一見鈍そうだが、歩幅が大きく、直進速度はティラノとそう変わらない。
小回りは利かないのでジグザグに逃げつつ、時には大岩を利用してなんとか逃げ続けているんだが……。
「ブモモォッ!」
「げぇ! 岩を一撃で! ぎゃぁぁ!」
障害物はブラキオの突進で破壊され、その欠片が周囲に降り注ぐ。そのせいで少なくないダメージを受け続けているが、ルフレのMPが残り少なくなったせいで回復が追い付いていなかった。
しかも、段々と身を隠す場所が減ってきてしまった。最初は30個以上はあった巨岩も、残りは5個以下だ。
「ど、どうすればぁぁぁ……!」
「ペッペーン!」
迫りくるブラキオに背を見せて必死に逃げている俺の耳に、勇ましい鳴き声が聞こえてくる。思わず振り返ると、果敢にもブラキオに向かっていくペンギンの姿があった。
ペンギンハイウェイを発動し一直線にブラキオに突っ込んでいく。
「ペ、ペルカァァァ?」
「ペーン!」
次回は31日予定です。
当作品にレビューをいただきました。
Web版だけではなく、書籍版も読んで下さっているとのことで、ありがとうございます。
これからもオルトと一緒にムームー叫んでください。




