388話 暴君登場
「ギュオオォォ……」
「なんとか倒したか……」
「モグ」
本当にきつかった。狂化したイベントパキケファロの奥の手の威力が凄まじかったのだ。ガードに成功していたにもかかわらず、オルトが死にかけた。
あの高速突進攻撃をオルトが止めていてくれなかったら、後衛の俺達まで巻き込まれて、パーティが壊滅していただろう。
「助かったぞオルト」
「ムム!」
クワを突き上げて雄叫びを上げるオルトは、未だにやる気満々だ。死にかけたのに、戦意は衰えていないらしい。オルトって、戦えないのに意外と戦場が嫌いじゃないんだよね。
「さて、ドロップは……。ほほう!」
恐竜の鱗に、恐竜の肉。それと恐竜の骨付き肉ですか!
「肉ダブルゲット!」
どうせイベント中に凄い素材をゲットしたって、だいたいは売ってしまうだろう。だったら、俺的に利用価値の高い食材アイテムのほうが嬉しい。
「えーっと、イベトは……500? 凄いな。一匹倒しただけだぞ? やっぱり、ここは初心者向きの狩場じゃないってことか」
きっとトップの戦闘特化プレイヤーのために用意されたフィールドなのではなかろうか?
だとしたら、俺たちが苦戦するのも無理はない。
「うーむ、これはあまり無茶せずに、一度引き返した方がいいかもな~」
「ヒム!」
ヒムカも賛成か。いや、こいつは虫がいる森の中に居たくないだけかね?
「よし、もど――」
「ガオオオォォオォォ!」
「ムム?」
「え? 今の、めっちゃ近くなかった?」
明らかに肉食の、しかもかなり大きい獣の鳴き声だった。しばらく周囲を警戒していると、地面が僅かに振動していることに気付く。
しかも、次第に振動が大きくなっていた。
「どこからくる?」
「……――!」
サクラが俺のローブを引っ張る。その視線は、俺たちがやってきた方を向いていた。
「キュオオォォ!」
「ガオオオォッ!」
でた!
50メートルほど離れた木立の間から、まずはイベントパキケファロが姿を現す。そして、その後を追うように、さらに大きな影が飛び出してきた。
イベントパキケファロと比べても、数倍は大きい。まあ、それも当然だろう。
「ティ、ティラノだあぁぁぁっ! 出た! まじかっ!」
しかも、羽毛無しバージョン! 運営分かってる!
最近の研究で、ティラノサウルスには羽毛が生えていたかもしれないと言われるようになってきた。だが、それはまだ確証のない推論だった。近縁種に羽毛があったらしいから、じゃあティラノもそうかも? くらいの感じである。
いずれ研究で分かることかもしれないが、俺的にはぜひ羽毛なしの鱗タイプであってほしい。何故か? だって、その方がカッコイイからね!
運営も、俺と同じ考えだったらしい。現れた体長10メートルを超える巨大な肉食恐竜の体には、一切の毛が生えていなかった。
「ガアアオォォ!」
「キュアォォ……」
「お、襲ってる?」
なんと、ティラノサウルスがイベントパキケファロに噛みつき、引きずり倒した。そのまま、何度か噛みついている。
どう見ても、食べていた。
見つめる俺たちの前で、イベントパキケファロが光になって消える。やはり、ダメージを受ければ消えてしまうのか。
そして、ティラノの視線がこちらを向く。
「ガアア……」
「あれ? やばい?」
「ガアアオォォォ!」
「に、逃げるぞ!」
「――!」
「フムー!」
見てる場合じゃなかった! もっと早く逃げなくちゃならなかったのだ!
でも、ティラノサウルスなんすよ? T-Rexなんすよ? 暴君なんすよ? そりゃあ、恐竜好きなら見ちゃうでしょ!
「ガオオオオオ!」
「やべー、超迫力ある! しかも速い!」
すでに彼我の距離は最初の半分ほどだろう。鑑定が届く距離になってしまっている。そのおかげで名前が分かったけどね!
「イベントティラノ! やっぱそうか! かっけーなー!」
「ヒムムー!」
「す、すまんすまん。つい」
「ヒム!」
「わ、分かったから! 真面目に走るから押すなって!」
何度も振り返ってスクショを撮りまくっていたら、ヒムカに怒られてしまった。真面目に走るとしよう。録画はしてるからな。
「それにしても! このままだと追いつかれそうなんだが……!」
戦って勝てるとも思えんし、ただ逃げていてもいずれやられるだろう。
「もっと木が密集した方に向かうぞ!」
「ムム!」
「――!」
オルトたちに先導されながら、今までは恐竜が怖くて避けていた、深く濃い森へと進路をとる。だって、一番怖いやつはすでに俺たちを追いかけているからな。今さらなのだ。
「ガアアオオオオオオ!」
「よし! やっぱり木が邪魔して速度が落ちた!」
「フムムー!」
「げ! 前からも!」
ルフレの焦った声が聞こえたので慌てて前方に向き直ると、そこには新たな影が見えた。全長は8メートルくらいか?
4足歩行でゆっくりと歩いている。頭に棘や角はなく、亀やイグアナのような形だ。体は犀やカバのようにずんぐりむっくりとしていて、どこかユーモラスである。だが、弱々しさは全くなかった。
長い尾の先には、一本一本が1メートルくらいありそうな棘が何本も生え、背中にはひし形の巨大な板のようなものが無数に並んでいる。
「イベントステゴ! くぅ! 観察したいけど、今はそんな場合じゃないよな!」
後ろにはティラノ。前方にはステゴ。絶体絶命だ。だが、俺は一縷の望みをかけることにした。
「このままステゴの前を走り抜けるぞ!」
「フム!」
「ペン!」
ティラノに向かっていくよりはまだマシだろう。
そうして全速力で駆けること十数秒。メチャクチャ長く感じたが、俺たちは賭けに勝ったのであった。
本当は、ステゴに攻撃される前に通り過ぎて、あとはもうステゴからも全力で逃げるくらいのつもりだったのだ。だが、なんとステゴはそもそもこっちを見向きもしなかった。
どうやら、こっちから攻撃しない限り、襲ってこないタイプのモンスターだったらしい。しかも、それだけではない。
「ガアアオオオオオ!」
「ブモオオォォ!」
なんと、ティラノとステゴが争い始めたのである。偶然にも、ティラノを擦り付けることに成功したらしかった。
「やった! このまま逃げるぞ!」
「ペペーン!」
「――!」




