382話 あれ、サメ?
船をレンタルして海に飛び出した俺たちは、何度か釣りを楽しんだ後、大海原を再び移動していた。
「フムムムムー!」
「ペペペペーン!」
「あー、これは俺のリクエストの仕方が悪かったのか?」
ポイント移動を繰り返すことを考えてレンタルは5時間にしておいたので、まだまだ時間はあるけどさ……。ちょっと移動が長過ぎじゃない?
だが、これは俺が悪いだろう。
3度目のポイントでアジを大量にゲットしたあと、つい言ってしまったのだ。
「まだ見たことない魚が釣れそうなポイントはないか?」
すると、ルフレとペルカが大張り切りで、再び船を曳き始めたのである。最初は静かに見ていたんだけど、移動が30分を越えたところで不安になり始め、1時間を越えた今となっては諦めの境地だ。
もう、2人の好きなところに連れて行ってくれればいい。
それに、移動中も釣りができない訳ではないのだ。非常に確率は下がるけど、何匹かは釣り上げている。だったら水中コンビが満足するまで、船を曳いてくれればいいさ。
「まあ、さっきは本気でビビったけど……」
「ヒムー……」
「お前も怖かったか?」
「ヒム!」
「だよなぁ」
あれは十数分前のことだ。
ルフレたちの曳く船の前方に、見たくないものが見えてしまっていた。
それは、波間から突き出す三角のヒレだ。
「え? ええ? あれ、サメ?」
イルカさんとかマンボウさんではない。どう見てもシャークだ。
「ちょ、ルフレ! ペルカ! やばいやばいやばい!」
「ヒムムー!」
俺とヒムカが声を上げたが、船曳きーズハイに入っている2人は止まらない。
いや、待て。まだ希望は残っている。
サメは全ての種類が人を襲うわけではないのだ!
ジンベエさんやメガマウスさんはプランクトンを食べているし、恐ろしいイメージのある肉食のサメだって、余程のことがなければ人に攻撃を仕掛けないと聞いたことがある。
人食いのイメージは、例のスピルなバーグさんの映画のせいで広まった誤ったイメージであるらしい。
そもそも、あれが危険なサメだったら、さすがのルフレたちも止まるだろう。つまりあのヒレの主は危険なサメではない!
「えーっと、そろそろ鑑定できるかな。鑑定結果は――ホホジロザメ?」
「ヒムゥ!」
「ま、まてヒムカ。まだ慌てる時間じゃない」
「ヒムー!」
俺の腕に縋りついて震えるヒムカを宥めてやる。まだ少し距離があるから、今から方向転換をすれば……。
「フムム!」
「ペペーン!」
方向転換どころか、さらに速度を上げただと?
頭の中で鳴り響いていたダーダンという例のサメのテーマソングが、ダーダンダーダンダーダンと、テンポアップする。
「くそっ! いざとなったら魔術で――」
詠唱していたんだけどね、サメはこっちに攻撃を仕掛けてはこなかった。普通に横を通過していく。
「あれ?」
「ヒム?」
思わずヒムカと顔を見合わせてしまった。もう一度鑑定してみるが、やはり名前はホホジロザメと出る。ジョーズさんだ。
だが、図鑑を見て何となくわかった。ホホジロザメはイベント図鑑に登録されていたのだ。たぶん、カツオノエボシなどと同じ注意喚起シリーズなのだろう。
もしくはモンスターではなく、野生動物とか、下手したらオブジェクトの扱いなのかもしれない。
ともかく、危機は去ったのであった。というか、最初から危険ではなかったのであった。
「準備しちゃった魔術どうしようかな……まあ、周りに何もいないし、適当にぶっ放しておこう。ハイドロプレッシャー!」
これはつい先日、イベント終了後に水魔術がレベル40に達して覚えた魔術だ。水の柱を放出して攻撃する、なかなか水魔術らしい術と言えよう。
だが、魔術を放った瞬間、俺はバランスを崩しかけていた。
「うわっ! ここだと、足場が……!」
地面の上だったらなんともなかったのだが、不安定な船の上では魔術の勢いで体がフラついた。
「ムム!」
「モグモ!」
「――!」
「お、おお。すまんな」
オルトたちが慌てて俺の背中を支えてくれたおかげで、なんとか安定した。
「ふぅ……あれ? なんか船の速度、上がってる?」
気のせいかと思ったが、やはり気のせいではなかった。俺の魔術が収まると、船の速度が目に見えて下がったのである。
「もしかして、魔術のおかげ……」
あり得るかもしれない。ジェットスキーなんかは、水を吹き出して進むわけだしね。
消費が重いからそうポンポンと使える術ではないが、緊急避難なんかにはもってこいだろう。
「いい加速方法を発見したな!」




