376話 ボートの速度
水着やビーチボールで散財した俺は、最後の店にやってきた。
「貸船屋か……」
「――」
サクラと一緒に腕組みして唸ってしまう。何せ、レンタル料がかなりお高かったのだ。
1時間で100イベト。今の俺では、少し釣りをするだけで破産してしまうだろう。
「漁村に来るのが早かったのか?」
バザールで金策をしてから来るべきだったのだろうか? なんも考えずに、とりあえず海に行ってみようとしか思ってなかったぜ。
「初心者の平原でモンスター狩り……。戦士の砂浜でもいいか?」
いや、それよりもまずは、村でクエスト探しかね? 魚屋の大将みたいに、突発クエストを発注してくれるNPCが、他にもたくさんいるかもしれない。
それを俺たちがクリアできるかどうかは分からないが、探してみる価値はあるだろう。
「ただ村を観光するだけじゃなくて、クエストも探すぞ」
「――♪」
そうしてクエストを意識しつつ、NPCに声を掛けながら村を歩いてみると、やはりいくつものクエストを発見することができた。
特定の魚を釣ってきてほしいというものや、特定のモンスターを狩ってきてほしいというクエストもあれば、普通の力仕事などもある。
「全部をクリアするのは無理だが……いくつかいけそうなのがあるな」
「ム!」
俺たちの狙い目は、村の中での労働クエストである。危険も少ないしね。
数時間後。
「ふぅ。これでいいですか?」
「ああ、バッチリさ。助かったよ」
「いえいえ。困ったときはお互い様ですよ」
「ムー!」
「従魔さんたちもありがとうね」
最後の労働クエストである、納屋の掃除を終えた俺たちは、依頼主のお婆さんから報酬を受け取っていた。
花壇の世話、倉庫の整理、壊れた棚の補修、折れた銛の修理、子供との磯釣り対決と、かなりの数のクエストをこなせていた。
いや、クエストっていうか、ほぼ村のお手伝いだけどね。
子供との釣り対決が一番クエストっぽかったかもしれない。報酬がイベトじゃなくて、海釣り用の餌だったことは誤算だけど。
「よし、これでイベトが1300まで増えた! 釣り船を借りれるぞ!」
しかも、貸船屋さんのクエストであった折れた銛の修理をヒムカが達成してくれたおかげで、少しだけ良い船を借りることができていた。
なんと、船足が少しだけ早く、魔獣除けの機能があるらしい。報酬が100イベトしかもらえなかった時にはがっくりしたが、むしろ最高の結果と言えるだろう。
「さて、早速出航――と行きたいところなんだが……。まさかの手漕ぎボートとは」
左右にオールが付いていた。
レンタル料金は前払いで、時間が来ると勝手に村まで戻ってきてしまうという話だったが、行きもその機能でポイントまで連れて行ってくれればいいのに。
自分たちで動かすときは、漕がないといけないらしい。操船スキルとか持ってないけど、大丈夫か?
「まあ、とりあえず船を借りてみよう」
最初はお試しってことで、2時間くらいでいいかな?
貸船屋のおじさんに200イベトを支払うと、なんとおじさんが船を担いで歩き始めた。慌てて後をついていくと、おじさんは磯の岩場をヒョイヒョイと渡り、そのまま海に船を浮かべる。
腕力と身のこなしがスゲーんだけど。
「がははは! 帰りもここに戻ってくるからな!」
「わ、わかりました」
「幸運を祈るぜ!」
おじさんは俺の肩をバシバシと叩くと、店に戻っていった。あれぞ海の漢って感じだね。今にも鋼鉄の銛を担いで、巨大生物にでも挑みかかりそうだ。
「……俺たちは穏やかに釣りをするぞ?」
「モグ」
「ヒム」
船に乗り込むのは簡単だった。普通、岩場から小舟に乗り込もうとしたら、船が揺れて大変そうだが、ここはゲームの中だ。船はほとんど揺れなかった。
「まずは俺が漕ぐけど、オルトたちは漕げるのか?」
「ムム!」
「モグ!」
「――!」
どうやら、スキルがなくても船を漕ぐことができるらしい。ただ、操船などのスキルがある方が断然速いということなんだろう。
「みんな乗り込んだな? じゃあ、出発進行だ!」
そんな風にかっこよく宣言して、勢いよく漕ぎだしたんだけど……。
「ヒムー?」
「フムー?」
「そ、そんな目で見るなよ。これが精いっぱいなんだよ!」
全然速度が上がらん! 腕力か? 体力か? とにかく、全力で漕いでるつもりなのに、ノロノロとしか進まなかった。
公園でのボートデートで彼氏の代りにオールを漕いで、「やーん、全然すすまなーい」っていう非力アピールをするあざとい女子並に進まないのだ。
「ぐぬぬ……ふぬー!」
「ムーム!」
「モグモ!」
みんなが応援してくれるけど、結果は変わらなかった。
「仕方ない……。沖に出るのは諦めて、もう少し進んだ辺りで釣りをしよう」
陸の側はあまり釣れないって教えてもらったんだが……。
「フムー!」
「ペン!」
「あ! ルフレ? ペルカ?」
俺が奮闘していると、急に水中コンビが海に飛び込んでしまった。もしかして、少しでも軽くして、漕ぎやすくしようとしてくれた?
そう思ったが、全然違っていた。
「フムムー!」
「ペペーン!」
「うわ! メッチャ速い!」
なんと、ルフレとペルカがオルトに頼んで係留用のロープを海中へと投げてもらうと、それを掴んで船を曳き始めたのだ。
それが速いのなんのって!
「これなら沖に出れるぞ!」
ただ、ルフレたちはどこまで行くつもりなんだろう? あまり遠くに行きすぎたら、強いモンスターが出現しそうなんだけど。




