372話 バザールの外
イベント都市バザールの外に関しては、すでに情報を仕入れてある。カブトムシ売りのおじさんに教えてもらったのだ。
バザールには西と東に門があり、東は初心者の平原。西は雑木林が広がっているらしい。
初心者の平原、雑木林は、弱いモンスターしか出現せず、本当に初心者用のエリアであるようだ。多分、第1エリア相当なのだろう。
つまり、バザールの周辺であれば俺でも問題ないってことなのだ。
俺は、東門から外に出ることにした。
「これがおじさんの言ってた街道かな?」
「ム!」
「モグ」
門から東に向かって、レンガが敷き詰められた道が伸びている。このレンガの街道を進んで行けば、村に辿り着くらしい。
「じゃあ、いくぞー!」
「フム!」
「ヒム!」
この街道周辺はモンスターが少ないということは分かっているので、気が楽だ。全く出現しない訳じゃないが、俺たちなら問題ない。
サクラに拘束してもらって、ペルカの戦闘訓練の犠牲者となってもらいました。
モンスターを倒すと、イベトが入手できるのには驚いたけどね。イベトとイベントポイントは別物だと思っていたんだが、どうやら最終的なイベトの所持数で、順位が決まるようだった。
これ、あまり散財し過ぎると、順位が下がるってことか? 少し気を付けんと。
「まあ、そこはその時々で考えよう。欲しい物を我慢するのもつまらんしな」
「――!」
長閑な街道をゆっくりと進んでいると、サクラが何かを発見したようだ。
「カマキリだな」
「――♪」
「おお、普通にカマキリ掴めるんだな」
「――?」
サクラがむんずとカマキリを掴み、俺に手渡そうとしてくれた。いや、メッチャ威嚇してるんだけど。
「あ、ありがとうな」
「――♪」
街道沿いには他にもたくさんの虫や動物がいた。
シオカラトンボ、アゲハチョウ、ニホンミツバチ、トノサマバッタ。タヌキなんかもいたな。
逆に、モンスターは数回しか出現しない。街道から離れた場所で戦闘しているプレイヤーの姿はチラホラ見えるので、やはり街道が特殊なのだろう。
パカラパカラパカラ。
ダンゴムシでもいないかと、道端にしゃがんで石をひっくり返していたら、なにやら馬の蹄っぽい音が聞こえてきた。
いや、っぽいじゃなくて、本当に馬だ。
「ジークフリード……じゃないな!」
「久しぶりでござるな、ユート殿」
「ムラカゲ。それにアヤカゲか」
「はい。覚えていてくれてうれしいです」
そりゃあ、こんな濃いキャラを忘れる訳がない。忍者のコンビってだけでもインパクトあるのに、夫婦だっていうんだからな。
「それにしても、馬を手に入れたんだな」
「そうでござるよ!」
ムラカゲが黒馬。アヤカゲが白馬に乗っていた。ムラカゲは嬉しそうに、愛馬の首筋を撫でる。
「拙者の馬が黒風、妻の馬が雪風でござる」
「ジークフリードの馬よりも少し細いか?」
「ああ、それは種族の違いでござろう」
ジークフリードの馬は進化を2度終えているそうだが、ムラカゲたちの馬はまだ進化を1回終えたところであるらしい。
「それで、ユート殿は何をしているのでござるか?」
「うん? 虫探しだ。ほら、ダンゴムシいたぞ」
俺は手の平に乗せたダンゴムシを、ムラカゲに見せてやる。ちゃんと図鑑にも登録されたし、狙い通りだな。
「た、楽しそうでござるな」
「ははは。思わず童心に帰っちまったよ」
「ユート殿はこの先の村に向かっているのでござるか?」
「一応な」
「そうでござるか。では、また向こうで会えるかもしれませぬな」
「ああ、その時はよろしく」
さすがに、一緒に行こうとは言わない。だって、向こうは馬なのだ。俺たちと同じペースで進んでいては、いつ村に辿り着けるかは分からなかった。
それをムラカゲたちも分かっているのか、普通に挨拶をして離れていく。
「さて、俺たちも村に向かうとするか」
「ペン!」
陸上での活動が少し心配だったペルカだが、思った以上に問題なかった。そりゃあ、他のモンスには及ばないが、俺に比べれば十分に速いのである。
よちよち歩きのペルカのプリ尻を堪能しながら歩くこと三〇分。
話に聞いていた東の村が見えてきた。
「随分と小さいな。あれで、プレイヤーを受け入れることができるのか?」
近寄って見ると、それは本当に寒村という感じの場所だ。
俺の畑にある納屋を少し大きくしたようなあばら屋が30戸ほど、砂浜と平原の境界あたりに並んでいる。
漁具や小舟が目に入ってくるので、聞いていた通り漁村なのだろう。
村を観察しながらさらに近づくと、ポーンという音とともに小さなウィンドウがポップアップした。さらに、アナウンスも聞こえてくる。
『東の漁村に入りますか?』
「そりゃ、イエスだけど……」
その瞬間、俺の目の前の景色が一変した。どうやら、漁村の正面入り口に転移させられたらしい。
「うーん……? プレイヤーが1人もいないな」
少なくともムラカゲとアヤカゲがいるはずなんだが、村の中にはNPCの姿しかない。
「もしかして、パーティごとに村が用意されているのか?」
ダンジョンなどと同じだ。大量のプレイヤーで溢れかえる事態を防ぐために、個別のマップに転送されるようだった。
「まあ、プレイヤーでギュウギュウ詰めの状態よりは、長閑でいいか」
イベント村に登場したNPCのリッケ少年ですが、書籍版だとロッケという名前に変更されてます。
なんでなの? というご質問がありましたが、単純にリックとリッケが紛らわしかったからです。
WEB掲載時にも、同じようなご指摘がありましたしね。




