357話 ロープクライミング
ビュオオォォォ!
俺の銀髪を、吹き荒ぶ激しい風がメチャクチャに撫でている。
アンドラスによって上空へと連れ去られた俺たちからは、こちらを見上げるプレイヤーたちがまるで豆粒のようだ。
だが、「ふはは! 人がゴミのようだ!」というネタを披露する余裕はない。
「サ、サクラ……大丈夫か?」
「――!」
アンドラスの足首に巻きつけられた一本の鞭が、俺たちの命綱である。サクラが手を離せば、真っ逆さまだろう。
だが、サクラの体力も無限ではないのだ。ずっと握っていられる訳ではない。そもそも、アンドラスが無茶な動きをすれば、すぐに振り落とされてもおかしくはなかった。
俺はみっともなくサクラの首に抱き付く形になっているが、これだってサクラが俺の腰に回してくれている左手が離れたらヤバいかもしれない。
つまり、サクラは右手で俺と自分の体重を支え、左手で俺を抱き寄せて支えてくれてもいるのだ。
あれだ。美女を攫った怪盗みたいな状態である。
「なんとか、奴の背に上がれないか?」
アンドラスの背中に辿りつければ、今よりはましだろう。
だが、そう簡単な話ではない。まずは、鞭を伝ってアンドラスの足まで上らないといけないのだ。
「まずは、俺が行く」
「――!」
「少しだけ耐えてくれ」
俺はサクラに謝りながら、鞭を握りしめて自分の体重を持ち上げた。俺の手足がサクラの体にゴリゴリと擦れる感触がある。この衝撃でサクラが落ちてしまわないように細心の注意を払っているつもりだが、ゼロにはできないのだ。
ただ、俺の心配は杞憂だったかもしれない。その姿は少女でも、腕力のステでは俺よりも遥かに上なのだ。左手で俺の体を押し上げてくれる程度の余裕はあるらしかった。
「キキュ!」
俺の懐にいたために一緒に運ばれてきてしまったリックも、一足先にアンドラスの爪の上に到達して俺を応援してくれていた。
その援護もあり、なんとか鞭の半ばまでは上ってきたぞ。
だが、そこで最悪の事態が起きる。
「クオオオォォォォ!」
「うわっ!」
「――!」
アンドラスが急旋回しやがったせいで遠心力が生まれ、俺とサクラが外側に大きく振られたのだ。鞭を握る手に力を込めて耐えていたんだが、それも数秒であった。
俺とサクラは鞭を手放し、空中へ投げ出されてしまう。
これで終わりか? そう諦めた直後だった。
「――」
背後から誰かに抱きしめられる。
「サ、サクラ!」
「――!」
サクラはまだ諦めていなかった。空中で俺を抱き留めると、新たに生み出した鞭をアンドラスへと向かって伸ばしたのだ。
その執念が実を結んだのだろう。サクラの鞭はアンドラスの背に生えている棘のようなものにひっかかっていた。
ガクンという衝撃と共に、再びアンドラスからぶら下がった状態に戻る。
「た、助かったのか?」
「――♪」
こ、怖かった! このゲームを始めてから、五本の指に入る程の恐怖だったのだ。
その後、俺たちは再び鞭を頼りにしたクライミングを試みて、無事にアンドラスの背中へと辿りついていた。
リックも無事だったらしく、自力で背中まで上ってきて、合流している。
もっと攻撃されるかと思ったんだが、邪魔されたのはあの急旋回1回だけだったな。しかも、あれも単に場所を移動するために旋回しただけだったっぽいし。
どうやら、体に取り付いた相手を攻撃する行動パターンは存在しないようだ。もしくは、そのプレイヤーが攻撃を仕掛けるまでは、無視するタイプなのか。まあ、さすがに攻撃されても無視することはあるまい。
どちらにせよ、俺たちにとっては好都合である。
「一発、ドでかいのを食らわせてやる!」
「――!」
「キキュ!」
理想はアンドラスを叩き落とせる威力の攻撃だが、正直俺たちには荷が重い。ドリモがいてくれたら竜化からの一撃をお見舞いするんだが、今は地上だ。
召喚はあと1回しかできないので、ここに喚ぶこともできない。ドリモを連れてくる場合、1度送還した後に、再度畑から喚び出す必要があった。
「クママを召喚して、攻撃を頼むか?」
しかし、それでこの巨大悪魔がどうにかなるものだろうか?
「でも――いや、待てよ」
俺はインベントリにあるアイテムが入っていることを思い出した。
「あった!」
エリアボスに挑む際に、リキューから買った爆弾だ。奥の手としていくつか購入したんだが、その中でも特にヤバいブツがまだ残っていた。
「自爆の危険性があるが……」
爆弾の名前はエンドレス・ファイナル・ブレイズ。中二病溢れる名前だが、威力は笑えないレベルだ。超広範囲の火属性攻撃であり、多段ダメージに加え、低確率で即死効果まで備えている。
リキュー曰く、「一瞬で相手の周囲の空気ごと燃やす。相手は死ぬ」であるらしい。
説明書きに「狭い場所では使わないでください。死にます」と書いてあって、最初は笑いを取るためのジョークグッズかと思った。だが、冗談どころか、ただ本当のことを書いてあるだけという超ヤバアイテムでした。
「こいつを使う」
「――!」
サクラが心配そうだ。確かに、ここで使用すれば俺まで巻き込まれるだろう。
だが、俺に考えがあるのだ。
「大丈夫だ。俺に任せておけって!」
「――?」
「こいつを使用した直後に、アンドラスの背中から飛び降りれば、巻き込まれないだろ?」
「――?」
サクラが首を傾げて、次いで下を指差す。まあ、落下して死ぬと言いたいのだろう。
「大丈夫だ。自滅するつもりはない。リックの替わりに、アイネを呼び出せばいいんだ」
風の精霊とは言え、アイネの力では俺とサクラを抱えて飛ぶことは無理だ。だが、落下速度を和らげることは可能である。多少のダメージは受けるかもしれないが、即死はしないだろう。
「リック、ご苦労だったな。あとは俺たちに任せろ」
「キュ!」
「よし! 送還リック! 召喚アイネ!」
「フマー!」




