356話 氷結
アンドラスの急降下攻撃に合わせて、攻撃を仕掛けようと、準備をしている最中だった。
「キュアアアア!」
「うぉ?」
アンドラスの目が青白く輝いたかと思った瞬間、俺の体に軽い衝撃が走り、視界がグニャリと歪む。
え?
なんだ? 体が全く動かん!
身じろぎしようとしても、どうにもならなかった。体が固まった――というよりも、何か硬い物で全身を包まれているようだ。
それに、この歪んだ視界はなんだ? なんと言えばいいか、レンズが歪んだメガネ越しに世界を見ているような感じだ。
慌てて目を閉じてステータスウィンドウを呼び出してみると、脳内で問題なく確認できる。
その画面を見たことで、ようやく自分がどんな状態に陥ったのか理解できた。
氷結という状態異常になっている。
どうやら、アンドラスから何らかの攻撃を受け、氷漬けにされてしまったらしい。氷に全身を覆われて、身動きが取れなくなっているのだろう。
ステータスには、氷結時間が解除されるまでの時間が赤いバーとして表示されている。
この減り方だと、3、4分くらいはかかるかな? 誰かに解除してもらうことは期待できないだろう。氷結はまだ確認されたばかりの状態異常なので、解除するためのアイテムなどが出回っていないはずだ。
全ての状態異常を完全回復するスキルや呪文があればワンチャンあるが、そんな都合が良いものはまだ登場していない。
氷越しでも、黒い影が動いているのが分かる。他のプレイヤーたちがどうにかしようとしてくれているみたいだが、特に成果は上がっていないんだろう。
リアルでこの状態だったら寒い程度では済まないのだろうが、ここはゲームの中。寒さで死ぬようなことはないが、段々と体の熱が奪われ、体中の関節が固まるような感覚がある。これが酷くなったら、凍傷という状態になるらしいが、その前に状態異常が解けそうだった。
それにしても、さっきの謎の氷結攻撃はあまり攻撃力が高いものではなかったようだ。俺の低いHPが半分以上残っている。こちらの動きを制限するための能力なんだろう。
強風&羽根手裏剣、音波攻撃、氷結攻撃と、動き阻害系ばかりだな。そうして動きを止めて、急降下攻撃で仕留めるってことか。
というか、今気付いた。俺、超ピンチなんじゃね?
この状態で急降下攻撃を食らったら、躱すこともできずに即死だろう。まだ氷結の効果時間は半分近く残っている。
俺は大慌てで脱出しようと体を動かしてみたが、やはりどうにもならない。
時間的にはそろそろアンドラスが降下アタックを仕掛けてくるタイミングだ。俺が狙われるかどうかは分からないが、狙われたらアウトである。
ど、どうすりゃいい?
顔が引きつるのが分かる。脱出の手立ても思い浮かばず、絶望に襲われていると、不意に効果時間を示す赤いバーの減りが急に早まったのが分かった。
先程までの倍近い速度で、バーが減っていく。慌てて目を開けて確認すると、俺の眼前にユラユラと動く赤い光が見えた。
なるほど、誰かが炎の魔術か何かで、氷を溶かしてくれているらしい。
そうして、ジリジリとしながら何もできずに待っていると、ついに氷結状態が解除された。パリーンという効果音と共に、体の周りを覆っていた氷が砕け散る。
「た、助かったー!」
「ヒムムー!」
「おお、氷を溶かしてくれてたのはヒムカだったのか!」
「ヒム!」
うちの精霊モンスたちは戦闘中に魔術を使えないという固定観念があったが、攻撃に使えないというだけで、それ以外のことには使用できるようだ。ヒムカがいれば、氷結からはすぐに脱出できそうだな。
「白銀さん! 大丈夫か!」
「ああ、なんとか」
「そろそろアンドラスの急降下がくる! 気を付けてくれ! 白銀さんが死に戻ったら、戦線が崩壊する!」
大げさな。まあ、うちの子たちのファンのテンションは確実に下がるだろうから、あながち的外れではないんだけどさ。
ただ、今の氷結による拘束攻撃を食らって、思いついたことがある。
「なあ、スケガワ。下りてきたアンドラスに拘束系魔術やスキルを叩きこんだら、地面に引きずり下ろせないかな?」
「拘束系? なるほど……」
うちのパーティだと、俺やサクラの樹魔術だな。ああ、サクラの鞭にも、相手を拘束する技がある。
それらをプレイヤー全員で使ったら、どうにかならないだろうか?
「確かに、試す価値はあるかもしれないな。俺たちの攻撃力じゃ、どうせ大したダメージは与えられないんだし」
「だろ? やってみないか?」
「そうですね!」
スケガワが声をかけてくれると、すぐに賛同の声が上がり、使えそうなスキルや術を持っている人間が集まってきた。
ただ、その数は意外に少ない。二〇人程だろう。
そもそも樹魔術がマイナーだし、鞭を使っているプレイヤーも少ない。このサーバーにはいないようだった。
となると、この作戦に参加できそうなのは、水と風の高位魔術であるプリズン系魔術を使える者だけとなってしまうのだ。
「みんな、くるぞ!」
「よし! こっちに来る!」
そもそもこの作戦、アンドラスが降りてくる場所が離れすぎていると、失敗である。準備していた魔術などが届かないからな。
だが、俺たちの願いがゲームの神様に届いたらしい。アンドラスは、俺たちのすぐ近くに急降下してきてくれた。
盾ごと吹き飛ばされるタンクを横目に、俺たち拘束班が一斉に魔術やスキルを放った。そのほとんどはアンドラスによって弾かれ、効果を発揮はしてくれない。
だが、1つだけ効果を発揮した物があった。
「――!」
「くぉ! サクラー!」
「――!」
なんと、サクラの鞭である。見事アンドラスの足首に鞭を巻きつかせることに成功したのだ。
だが、喜んではいられなかった。サクラ1人でアンドラスを地面に引きずり下ろすことなどできるはずもなく、逆にアンドラスに引きずられてしまったのだ。
思わずサクラの体を抱き寄せたが、それで止まるわけがない。
俺も一緒に引きずられ――。
「うおおぉぉぉ!」
「し、白銀さぁーん!」
俺とサクラは上昇するアンドラスに引きずられ、大空へと舞い上がっていた。
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