335話 レイドボス戦の前の準備色々
緊迫した雰囲気は和らいだものの、未だにプレイヤーたちからの視線が痛い。そんな落ち着かない状況を変えてくれたのは、運営からのアナウンスであった。
『レイドボスイベント、開始5分前となりました。これから特設フィールドに転送します』
た、助かった! 俺がホッと胸をなでおろした直後、目の前に参加するかどうかの問いが表示される。俺は迷わずYesを選択した。
すると、目の前の景色がウミョウミョと歪み始める。
そして、暗転した。
驚く間もなく、目の前に広がる景色が変化する。森の中に転移させられたらしい。
「えーっと、ここは……?」
「ムム?」
「クマー!」
急に変わった景色に、オルトとクママがはしゃいでいる。よしよし、モンスたちもちゃんと一緒に居るな。
雑木林にぽっかりと空いた、小さな広場のような場所であろう。ただし、光の壁が周囲を囲っており、そこから出ることができないらしかった。
何故わかるのかと言えば、さっそくリックとファウが突進して、壁にボイーンと跳ね返されているのだ。
「キキュー!」
「ヤヤー!」
君ら、あまり無茶な真似はしないでよ。
「おや? 白銀さんですか?」
「え? コクテン?」
振りむいた先にいたのは、イベントなどで世話になった前線プレイヤー、コクテンだった。彼のパーティメンバーたちの姿もある。
「お久しぶりですね」
「ああ。コクテンたちも参加してたんだ」
「レイドボスですからね」
そう言えば、コクテンたちはモンスターとの戦いを楽しむためにゲームをやってるって話だった。彼らにとってレイドボスバトルは、見逃せない大イベントなんだろう。
偶然同じ場所に飛ばされたらしい。
「それにしても、さっきは大変でしたね」
「み、見てたのか」
「あれだけ目立っているのを見ない方が難しいですよ」
「は、はは……」
やっぱりそうだよな。イベント終了時が怖いんですけど。
頭を抱えていると、他のプレイヤーたちが恐る恐る話しかけてきた。
「あ、あのー? 白銀さんと、モン狩り部の部長さんですよね?」
「モン狩り部? コクテンのことか?」
「ああ、そうです。私たちのクランが、モンスター狩猟部という名前なんです。私がクラマスやってます」
「へー、クラン作ったのか」
「はい。白銀さんもどうですか? 加入条件は社会人であるということだけですよ?」
さらっと俺が社会人であると確信を持たれているな。まあ、俺もコクテンは社会人だと思っていたけど。
今さらリアル情報が社会人だとばれるかどうかなんて、気にはしない。その程度の情報、軽く話してればポロッと口にする人もいるしね。
ただ、俺はお断りすることにした。
「いや、ゲームの中でまで他人の顔色伺いたくない」
「はは、まあ少しわかりますよ。うちはその辺も加味して緩い方なんで、気が変わったら声かけてください」
「ああ、そうするよ」
この辺の押しの弱さが、コクテンの良いところだよね。引き際がちゃんと分かっている大人って感じなのだ。
「クランの名前からか、部長と呼ばれるようになってましてね」
「なるほどね」
どうやらプレイヤーが30人程まとめて、フィールドに飛ばされて来たらしい。その中で、一番格上なのがコクテンなのだろう。いつの間にかコクテンを中心に、プレイヤーが集まってきた。
この分なら、主導権争いでギスギスすることもなさそうだし、そこは安心できそうだ。まあ、問題は残ってるけど。
「あ、あのー、白銀さん」
「はい?」
「さっき、その……お米って言ってましたよね?」
やっぱそこは気になっちゃう? だが、俺がどう答えようか思案していると、急に慌てた様子でワタワタとし始めた。
「ああ、ごめんなさいごめんなさい! 言いたくなければ言わなくてもいいです!」
「え?」
「すいません! まじで! やっぱ何でもないんです!」
急にどうしたんだ? その顔に浮かんだ表情をあえて言葉にするなら、怯えだろうか? 恐怖でもいいかもしれない。
でも、俺何もしてないよ?
「えーっと、別に言いたくない訳じゃないんだけど、情報は早耳猫に売っちゃったから、あまり言いふらせないんだ。悪いな」
「いやいや、こっちこそすんませんした」
「あ、ああ」
うーむ、単純に誰にでもこんな感じの人なのかもな。だって、俺が怯えられる意味が分からんし。
むしろ周りには可愛いモンス達がいて、威圧感とかまったくない。雑魚テイマーとか、可愛いモンスばかり集める軟弱者と侮られるならともかく、怖がられる理由などないだろう。
『イベントの説明を行います』
「お、始まるか」
ま、いいや。考えても仕方ないし。このままイベントを楽しもう。
『現在、参加者プレイヤーは30名程度のグループに分かれ――』
説明を要約すると、この場に集められた30名はランダムで、パーティごとに適当に分けられただけであるらしい。
そして、これから3時間後に、岩山の麓にボスが出現するという。そのボスは出現地点からゆっくりと南下するコースを取るので、倒して阻止しろという内容だった。
ボスが設定されたラインを越えてしまった場合、イベント失敗である。
目印の岩山はすぐに分かった。今いる場所からでも、まるで塔のように細長い岩山が見えるからだ。
普通に向かえば10分ほどで着くだろう。ただ、ここでわざわざ広い森林フィールドが用意された意味が出てくる。
このフィールドにはイベント限定の素材が用意されており、それらを使うとボス戦で有利になるアイテムを作成できるらしい。
それ以外だと、岩山から少し南下した場所に廃砦が用意されており、そこを拠点として使えるそうだ。だが、廃砦というところがミソで、修理しないと使えないだろう。つまり木材も必要になるということだ。
「戦闘じゃ役に立ちそうもないし、素材集めを頑張ってみるか」
幸い、リックとオルト、ファウがいる。なんとかなるだろう。




